1.《ネタバレ》 気のふれた男も隣人として包み込んでいくホノボノとした庶民ドラマを描きながら、キズモノにされた娘をせがれの嫁にという話を聞いたときには、冗談と思ってつい笑ってしまう田村秋子。このシーンにドキリとさせられた。そのほかの「ホノボノ」の描写は、このドキリを際立たせるための背景のように感じられてくるぐらい、迫る。田村秋子って役柄によっては新劇臭が出てしまう女優だったが、本作では「庶民」の人懐こい優しさとその限界を、まったく屈託を感じさせない笑い(だからより残酷なのだが)でザックリ見せて良かった。渋谷の映画には、こういった庶民の暗部が潜んでいるのでうっかり出来ない。「庶民」という一言で括られることを拒んでいる一人一人の具体的な声を集めた映画と思えばいいのか。ラスト横一列に整列させられてはいても、その一人一人が抱えている夢もエゴももう観客は知ってしまっている。淡島千景は助かるかも知れないという結末になってたけど、それだとリアカーが返ってきてしまった落胆の切なさが弱まってしまったのではないか。あと当時の住環境がよく分かるのもこの映画のいいとこ。舟暮らしは戦前からあったが、電車住宅ってのは戦後ならではの光景だろう(ただ暗くて仕組みがよく分からないのが残念)。男女一緒の病院の病室ってのも、ヘーと思わされた。劇映画であっても、映画は時代の記録になっている。