1.《ネタバレ》 結論から言うと、非常に面白かった。観る前に内容に関する情報を色々見聞きしていたのだけれど、それでも面白さが損なわれなかったのは、ひとえに映画の力、作り手の力量だろう。そもそも「靖国」という題材、「靖国」をめぐる状況が(不謹慎と思われるかもしれないが)非常に面白い。例えば、靖国に抗議して式典に乱入する若者が登場する。彼は靖国支持者たちに取り押さえられ、ボコボコにされる。彼は日本人なのだが、中国人と勘違いした中年の支持者は彼に対し延々と「中国へ帰れ、この野郎」と(最初は怒鳴るように、徐々に呪文でも呟くかのように)繰り返す。一方リンチにあった若者は「救急車に乗ったら」という周りの声にも耳を貸さず「こんなの(日本の侵略によって被害国にもたらされた傷に比べれば)大したことない」と激昂しながら叫ぶ。そのような凄惨な状況の中、式典会場の「君が代斉唱」が粛々と鳴り響く・・・というシーンはまるでよく出来た不条理劇のようだし、非常に「映画的」だ。また、この映画に登場する人物の、例えば先に述べた若者、終戦記念日に軍服姿で参拝する右翼風の人々や元軍人と思しき老人たちの姿。彼らはいたって真剣なのだが、一方でその真剣さゆえにどこか滑稽さも漂わせている。■こうした要素だけで映画を作れば、或いはキワモノ的な作品にもなったかもしれない。しかし、そうした靖国神社をめぐる喧騒とは対照的な「靖国刀」を打つ老刀匠の姿を登場させることで、そのような作品になることは回避される。長きに渡って刀を打ち続けた「職人」に監督は静かに語りかけ、カメラはあまり饒舌でない刀匠の姿をじっくりと捉える。彼のいわば「静」的なシーンと、前述の「動」のシーンとが交互に登場することで、映画にメリハリと躍動感を与えている。■そしてこの映画は、靖国神社が「お国の為に戦って」死んだ人々、批判的立場から言えば「侵略戦争に加担した」人々の魂を祀り、顕彰するための神社である、という側面にも当然言及する。それこそが上映前に物議をかもし、一部の人々に「反日映画」と言わしめた部分なのだが、少なくとも自分にはこの作品が「反日」とは思えなかった(そもそも「反日」という表現が多分に恣意的で曖昧だし、仮に「反日」映画であったとしても構わないとは思うが)。確かにこの作品には、遺族の合祀に反対する台湾人や僧侶も登場するが、一方でごくごく普通のおじさん、おばさんが靖国神社や小泉元首相の支持を語るシーンもあり、単純に靖国神社や日本という国を非難し断罪するような作品にはなっていない。■この映画をめぐる議論で「はたして中立的な映画と言えるのか?」という主張が見られたが、そもそも映画(だけでなく様々なジャンルで)が「中立的」である必要はないし、実際厳密な意味で中立的であることは不可能であろう。この作品もその意味において「中立的」ではないが、多面的・重層的な作りになっていると思う。「英霊」を祀る靖国に涙する人がいる一方で、怒りの涙を流す人がいる。刀匠が打つ刀は優れた芸術品であると同時にかつては多くの人々をあやめた道具でもある。こうした様々な側面を捉えたからこそ、この「靖国」は「映画」として素晴らしいし、かつ観た者を「靖国」という、非常に込み入った状況と向かい合わせる、エンタテインメント性と社会性を見事に両立させた稀有なドキュメンタリー映画になり得たのだろう。