1.《ネタバレ》 山岡夫妻のしっとりとした関係を静かに見せていきながら、彼等を取り巻く太平洋戦争中の特攻という根の深い問題をバランス良く描いています。
反戦という一方的なイデオロギーではなくそれぞれが秘めている個人的な想いを言葉や行動によって静かに吐露させていますが、私には戦争そのものよりも彼等の死生観についての意味合いの方が強い印象がありました。
金山の遺族は朝鮮人が特攻で死ななければならなかった理由に拘る為に彼の死を受け入れられずに、藤枝は生と死両方(命を救ってくれた山岡と一緒に逝けなかった戦友)に負い目を感じながら昭和の終焉を迎えた時に恩人の山岡と決別し死んでいった戦友に再会する道を自ら選び、山岡はそれらの十字架を背負いながら生き続けます。
新聞記者の特攻として生き残った事が苦しみだったのかという問いに対して、山岡が生きるという事にそんな余裕はなく、生きている者も死んだ者も皆一生懸命前を向いて進んでいるだけだという答えは生死の差に意味が有るのではなく前を向いて進む事の大切さと同時に、金山や戦友への無念の思いを感じながら今日まで生きて来た事の辛さを安易に戦争に転嫁しない彼の強さを感じさせてくれます。
しかし、藤枝の自殺も戦友への呵責により生きる事から逃げたというような単純かつ軽率に語られるものでもないと思います。
ベテランの俳優さん達は全員安定していましたが、女優さんの演技が良い意味でも悪い意味でも特出していたと思います。
水橋さんの演技力は彼女の容姿と見事に反比例しています。
ことわざ辞典の「天は二物を与えず」の項目の参照例に彼女の名前が載っても良いくらいだと思いました。
対して奈良岡さんは重要かつ一人語りが多いという難しい役どころを大袈裟になる事なく完璧とも言える形で演じていた為に作品自体の説得力が数段上がったと思います。
また、田中裕子さんはほぼどんな役にも染まる事の出来る貴重な女優さんだと思いますし、彼女の表情で魅せる演技は本作でも活かされていました。
彼女の繊細かつ絶妙な表情の付け方は台詞以上に状況や心情を表現してくれます。
本作は彼女を始めとして配役がかなり良かったと思います。
回想シーンも差し込み方やタイミング等が良いために作品全体の抑えた雰囲気を壊す事なく自然な流れになっていたと思いますし、作品を通してシークエンス同士の繋ぎ方にそれ程無理がない為にストレスなく見る事が出来ました。
しかし、映像自体が粗末なものとなっていてVFXやSFXは論外ですし、画にも奥行きが感じられないカットが多数あり完全に興醒めしてしまいます。
字の下手な書道家の書き初めを見せられている様でした。