1.《ネタバレ》 「マクベス」「黒い罠」「審判」に並ぶウェルズの傑作。
「オセロ」はオーソン・ウェルズのシェイクスピアに対する尊敬と愛情を感じられる無骨な造り込み。
1952年に造られカンヌ・グランプリを飾った作品であったが、不幸が重なりフィルムは消息を断つ。
1993年に眠っていたフィルムが見つかるまで、数十年もその存在と価値が知られなかった。
「市民ケーン」以上の不幸、それを乗り越えて現在に復活した本作。
アメリカを追われたウェルズが、モロッコで4年かけて造った魂の結晶であり、ウェルズの「エンターテイナー」としてではなく、元来の「舞台俳優」としての自身と誇りを堪能できる。
ファーストシーンに満ちた「死」の空気。
イングマール・ベルイマンの死の雰囲気にも似ているが、細部へのこだわりの違い。
シェイクスピアの、ウェルズの重厚な「死」の空気が漂う印象的な幕開けである。
そしてその「死」は如何にして訪れたか。
それを90分間まざまざと魅せ、語っていく。
主人公オセロの「黒」、
妻デズデモーナの「白」、この対比の鮮烈さはモノクロだからこそより印象強い。
イアーゴ演じるマイケル・マクラマーも素晴らしい。
イアーゴの言葉で疑心暗鬼になっていくオセロ。
コンプレックスに悩んできたオセロの心の脆さ。
オセロにかかる黒き影は、オセロ自身の疑念に満ちた心を表現している。
自分の心の黒き闇に喰われていくオセロの哀しみ、デズデモーナの哀しみ。
ウェルズはシェイクスピアになりたかった。
誰からも愛され、誰からも妬まれ、誰からも意識される・・・そんな偉大な作家になりたかった。
「嘘」を「本物」にする男になりたかったのだ。
野心と情熱をたぎらせながら。
「市民ケーン」はそういう男の野心と破滅を描いた。
実在の人物を笑いものにする喜劇性、
そんな男が辿る末路を予想した悲劇性、
正にシェイクスピアの喜びと悲しみを帯びた物語だった。
今回のオセロはもっと凄みがあって面白い。
この作品は「よくあるシェイクスピアものの映画」などという一言で片付けてはならない。
ウェルズがいかに役者として演技に魂を賭けているか、こだわっているか。それをひたすら感じてもらいたい。
人種差別にも踏み込んだ骨太の作品。