1.《ネタバレ》 原題の「La teta asustada」は直訳すると「脅える乳房(乳首)」になるらしい。しかしあからさまにオッパイでもなく授乳のことだろうから、英題でmilkとしたのはわかる。スペイン語の解説を見ると、この言葉は劇中で語られる病気の名前そのもののようで、確かに台詞でも病気に関してこの言葉を使っていたようだった。日本向けの翻訳では、同じ言葉について題名と病気で違う表現をしていたことになる。
劇中年代については明示されないが、「テロの時代」に生まれた主演女優(女性俳優)が実年齢そのままの役を演じているということは、制作当時のペルーの現在を扱っていたことになる。この映画より前の2003年には、政府の調査機関が「テロの時代」の暴力や虐殺に関する報告書を出したとのことで、その内容をもとにしてこの問題に目を向けようとした映画だったのかも知れない。
自分としては主人公個人の問題に直接共感はできないが、少し離れた視点からみれば娘が母親の束縛から逃れ、新しい世界へ踏み出していく物語になっている。主人公の周辺では、貧しそうだが普通の幸せのある(=笑いがある、慶事もある)庶民が暮らしていて、「テロの時代」は一応過去のものになったように見える。しかしほんの少し前の社会に深く刻まれた傷はまだ残っていて、その傷が徐々に癒えていく過程の一場面だったのかも知れない。ほかに人種と階層差など社会に対立の根はまだあるかも知れないが、そこまで視野を広げようとしても何ともいえない。
なお最後に主人公が海へ行ったのは、棺桶屋で見た「平和を望む人用」が気に入っていたのだと思われる。重荷を下ろした解放感が出ていた。
その他雑記として、撮影場所は基本的に首都リマだろうが、最初の方で草木のない丘陵に家々が散らばる風景が見えたのは強烈な印象だった。こういう場所はリマ周縁部では珍しくないようだが、わざわざ高い場所に登って家を建てようとするのはインカ帝国時代の名残なのか。
また主人公がもといた村で塀沿いに歩いていたというのは銃撃を避けるためかと思ったが、そこで字幕に出ていた「浮遊霊」とは何のことだったのか。例えばアンデス地方で伝説的に語られてきた怪人で、人間の脂肪を抜いて死なせる「ピシュタコ」というのがいて、監督の伯父(ノーベル賞作家)の小説にも出るらしいので、そのことを言っていたのであれば兄がやせ細って死んだという話には合う。しかし原語の台詞の中からそれらしい言葉は聞き取れず(pishtaco、nakaqなど)、結局わからないまま終わった。外国映画は難しい。