3.《ネタバレ》 彼の名は、ディック・チェイニー。共和党ブッシュ政権下で副大統領を務めあげ、911同時多発テロを皮切りに始まったアメリカの対テロ戦争では主導的役割を果たし、いまだ賛否両論渦巻くイラク戦争開戦へと踏み切った男。彼はテロリストを撲滅した偉大な指導者なのか、それとも世界を大混乱へと陥れた稀代の悪徳政治家か。本作は、そんな毀誉褒貶の激しい政治家の半生を実話を基に描いた政治劇だ。特殊メイクや肉体改造を駆使し、実在の政治家をそっくりに演じた俳優陣には、クリスチャン・ベールやスティーブ・カレル、サム・ロックウェルと言った実力派の面々。監督は、難解な政治経済問題を分かりやすく描くことにかけては定評のあるアダム・マッケイ。個人的にこの監督の前作『マネー・ショート』が全く嵌まらなかったのであまり期待せずに今回鑑賞してみたのですが、意外にも今回はばっちり嵌まっちゃいました。僕がこの時代のアメリカの新保守主義、いわゆるネオ・コンと呼ばれる人たちに個人的にとても興味があったというのもあるんでしょうけど、この監督のシニカルな笑いを散りばめた演出が今回は非常に心地よかったです。例えば映画の中盤、政権交代が起こり、中枢から追われた彼らの「その後」をテロップで流した後、エンドロールが始まるという実話を基にした映画にありがちな演出を差し挟むとこ。なかなか皮肉が利いてて思わずニヤついちゃいました。うん、これで本当にドラマが終わったら何の問題もなかったんですけどね(笑)。その後、ブッシュ政権が始まり、911を経てからのイラク戦争へと雪崩れ込む展開は、余りにも無茶苦茶すぎてもはや笑うしかありません。でも、その陰には大量の戦死者やテロの犠牲者が居ると思うと背筋が寒くなりますね。監督はそんな彼をステレオタイプの悪徳政治家へと落とし込むことなく、あくまで家族思いの良きパパであり、どん底から這い上がった立身出世の鑑としても描いてゆく。結果はどうあれ、彼は非常に優秀な政治家であったことは揺らぎのない事実。民主主義の盲点を冷徹に見つめた、非常にフェアなスタンスだと思います。ここらへん、マイケル・ムーアとは全く違いますね。結論。なかなか見応えのある政治ドラマの良品でありました。7点!