4.《ネタバレ》 映画人として完全に終わったと思われていたメル・ギブソンが、彼を毛嫌いするハリウッドの住民たちをも納得させてオスカー大量ノミネートと2部門受賞という栄誉を勝ち取った作品こそが本作なのですが、なるほど、本作を観ればメル・ギブソンは映画を撮るという才能に溢れた人物であることがよく分かります。
主人公・デズモンドの人格を形成したものは何だったのか、また軍隊や社会は彼の主張にどう反応したのかが描かれる前半部分は簡潔ながら非常によくまとまっています。メル・ギブソンは実生活では信仰心の厚すぎる人物なのですが、本作では宗教という要素をバッサリと切り落とし、父と子の物語として再構築した辺りの見切りの良さも光っています。ヒューゴ・ウィーヴィング演じる父親は頑固で酒飲みで女房子供に暴力を振るう最低野郎なのですが、その一方で息子が軍刑務所に入れられて窮地に陥っていると知るや、自分のコネを使って何とか息子を助け出そうとする優しさも見せており、善悪では割り切れない複雑な人間性というものがきちんと表現できています。また、当初はデズモンドの信仰を理解できず、彼に対して辛く当たっていた戦友達が徐々に変化していく様も自然に表現されており、人間ドラマとして非常によくできています。
戦場はまさに地獄。そこら中に手足や内臓が散乱し、それらの周囲には血の海ができているという表現は、これまで見たどの映画よりも実際の戦場写真に近いものであり、まさにリアリティの塊となっているのですが、本作が特殊だと思うのが、このリアリティの極限の中に娯楽的な誇張を紛れ込ませているという点です。散乱する死体を左手で引っ掴んで盾のように構え、右手でマシンガンを乱射するという突飛な見せ場や、投げられた手りゅう弾を蹴り返す場面、また文字通り血の雨が降る場面などが登場するのですが、これがリアリティある戦場描写にちゃんと馴染んでいるのです。そもそも全体の構成自体も、史実では一定期間でなされた行為を本作では一夜の出来事として見せており、かなり無理のあるまとめ方をしてはいるのですが、これに違和感を覚えさせられない辺りが脚色や演出の妙なのでしょう。『ブレイブ・ハート』でも感じたのですが、メル・ギブソンはリアリティと虚構を混ぜるのが本当に巧い監督だと思います。