8.《ネタバレ》 冒頭の如何にも顔見せ的な受刑者が順番に言う一言コメントや、風呂に入る前の一発芸大会や台詞等に違和感を覚えるシーンは多少有りましたが、本作を見ながらタイガーマスクや巨人の星を子供の頃に見た時にも「昔のアニメは言葉遣いや見せ方がヘンテコだなぁ」と感じた事を思い出しました。
制作されたのが共に昭和40年代前半という事なので、私が感じた違和感とは演出的な問題ではなく時代的要因から来る古さなのでしょう。
脚本自体のプロットは上手く出来ています。
回想シーンが唐突に入る等の印象は有りますが全体的にテンポは良く、如何にも弱々しい年老いた阿久田が鬼寅だったという一連の展開は俊逸です。
作品が始まる前の解説で鬼寅の正体を自称映画好きという元アナウンサーがしれっとネタバレさせていたのには本当にガッカリしました。作中の登場人物を軽く凌駕する一番の極悪人です。
俳優達も受刑者を活き活きと演じています。
田中邦衛さんはやっぱり田中邦衛ですし、嵐寛寿郎さんの前述のシーンには重厚な迫力を感じます。
権田の不愉快で気味の悪い人間性は見ていて本当に不快でしたが、逆に南原さんの演技力の高さという事だと思います。
モノクロというのも予想外でしたが、雪と対象物のはっきりとした強めのコントラストが美しく、ジム・ジャームッシュ作品の様なすっきりとした映像になっています。(勿論、本作の方が早く作られています)
また、迫力溢れるシーンでの映像はこの作品を質の高いものにしている特筆すべき要素だったと思います。
トロッコでの追跡劇や汽車で鎖を切る一連の編集やカメラワークはスピード感や臨場感が有りましたし、食い入る様に見てしまうシーンは他にも多々有りました。
真っ白な雪の中でお互いに鎖で繋がれた、ある意味自由の効かない橘と権田が殴りあうシーンに、無限に広がる大空の中を自由に飛んでいるカラスが争っている様なカットが何度も差し込まれますが、まるで争う事は状況が原因ではなく闘争本能という逃れられない生き物の性が原因であると言っている様で虚しさすら感じてしまいます。
ラストでは大怪我をした権田を病院に連れて行ってくれるなら何でもすると人間的な良心を示す橘の要求に監察官の妻木が了承し、それに加え脱獄犯の2人に対して銃すらも携帯せずに同伴する妻木の行動に嬉しさが込み上げて来る橘が病院に行く為に馬を走らせる姿で終わります。
恐らく家族以外から信用を得た事のない橘が初めて他人から信用して貰えたであろう人間の根源的な喜びを、高倉健さんが子供の様な表情で見せているこのラストシーンはとても印象深いものになっています。
古くても時代を感じさせない優れた作品は有りますが、本作は時代の古さを感じつつも優れた作品になっています。