1.《ネタバレ》 鳥のさえずりのなか、霧の海を老婆が「向こう」からやってきて「あっち」に去っていく冒頭の長いカット、いいぞいいぞ、と思ったが、そう簡単にはいかない映画だった。うーん、謎のようなカットの記憶がどんどん堆積していって、分かんねえ、と放り出したくなりつつ、息をのむ自然描写があるもんだから(森や川霧や)、見入ってしまう。ちょっと整理してみましょう。何となくこういうことじゃないか、と思えたのは、母を弔うことで故郷への帰還を果たした詩人の話、という枠。これはあってるでしょ? 詩で身を立てようと故郷を飛び出したものの、イスタンブールは厳しく今は古本屋をやっている。母の死で呼び戻され、彼女が何かイケニエの願(羊)をかけていたことを知る。その母からの想いを受け継ぎ、故郷に戻ることにした。その願掛けとは、もしかすると自分の帰郷のことだったのかも知れない。だいたいこんな線で納得したんだけど、それらの間に意味不明のシーンが含まれる。主人公が意識を失って倒れるのは何か。それをきっかけにイケニエをしようと思い切れた、ってこと? 同監督の『蜂蜜』でもお父さんが不意に森で倒れてた。オートバイのボーイフレンドの役割りはあれだけなのか。ヒューズが飛んだあと、ガラスが割られたのは何? そもそもあの電気屋、いわくありげだったし。ラスト近くの犬は、イスラム教知ってると「あああのことか」と分かるもんなのか? 井戸から這い上がるのは、昔掘ったとこを訪れてみた? それとも彼が昔書いたという井戸の詩と関係ありや? 謎、謎、謎。『蜂蜜』はそれでもなんとか捻じ伏せられたと思えたが、これでは逆にこっちが捻じ伏せられた。敗北感。故人となった親戚たちが鉢植えになって並んでいる、って風習はいいね。最後に定着を暗示する食事シーンがあり、そして遠雷が聞こえてくる。淡々と描かれながら、聖なるものがあたりにじわじわと満ちてくるのは『蜂蜜』と同じ。