18.「尊厳死」(というか「自殺」?)を扱った難しい映画で考えさせる点もあったが、どうも好きになれない。「死にたい」と連呼するグダグダしてるオッサンを2時間も見てると気が重くなるし、態度もなんかムカつきました。何様のつもりだ!確かに28年間という時間を想像すると末恐ろしい。でも、この世の中には生きたくても生きられない人がたくさんいる。だから頑張って生きる希望を見つけて欲しかった・・・だって『素晴らしき哉、人生』って言いたいじゃん・・・心の底から笑いたいじゃん・・・。 【ピルグリム】さん [CS・衛星(字幕)] 2点(2006-02-07 19:01:52) |
17.実際はいつも笑顔なのに、自分の想像の中だけでは笑顔でないのが印象的だった(笑顔についての説明は映画の中にあったが)。いろいろ考えさせられ、見た直後はもう二度と見なくていいやと思ったが、しばらくたつとまた見てもう一度考えてみたくなる。 【HK】さん [DVD(字幕)] 7点(2006-01-29 22:39:01) |
16.過剰な自意識の持ち主ほど、自殺するとき、自分の死に意義を見出そうとして尊厳死などと嘯きます。 ちなみに日本における自殺者は、年間3万人を越えていると言われますが、この数字は少し勘違いしやすい。 これは自殺に成功した数であり、自殺未遂者を含めると、約10倍の30万人なのです。 つまり30万人の人が、どこかで自殺を行って、そのうちの1割は自殺に成功し、9割は失敗しているのですね。 「絶望」は、いつ私たちを襲うか分かりません。 現代における私たちは、病魔に殺されるよりも、自分に殺される可能性が高くなってきたように思います。 こういう状況だからこそ、「人が生きることは権利であり、義務ではない」という言葉が胸に響きます。主人公の死を望む気持ちが「尊厳死」であれ、「自殺」であれ、もし生きることが義務ではないのなら、私たちには死ぬ権利があるのではないでしょうか。 それとも人間は、自殺したいほど人生に絶望していても、愛してくれる相手や、お世話になっている人のために生き続けるべきなのか? しかし人は絶望したとき、他人のことを考えられるほど寛大ではないと思います。 ラモンのことを自分勝手だと思うことは、絶望を知らない健常者の傲慢な見方かもしれません。 人は絶望の前では、みんな自分勝手になるのだと思います。 ただし尊厳死という言葉は存在してはいけないと思う。これは死を正当化したり美化する言葉です。自殺といえばいいじゃないですか。問題は自殺が悪いのかどうかということだと思います。 自分から死を選ぶことは立派ではありませんし肯定できるものではないと思いますが、完全に否定しきれない難しさがこの映画から伺い知ることができます。 【花守湖】さん [DVD(字幕)] 9点(2005-12-01 20:30:26) |
15.あんなに多くの仲間がいたのに、尊厳死を選んだラモン。生きることは「義務」じゃなくて「権利」か。考えさせられるな。 【T橋.COM】さん [DVD(字幕)] 7点(2005-11-22 00:28:17) |
14.お涙頂戴でもなく、尊厳死を否定も肯定もしていない。考えさせられる作品。 【まんせる】さん [DVD(字幕)] 9点(2005-11-05 00:38:12) |
13.深い題材に真摯に取り組んだ作品だとは思うけど、何故か入りきれなかった。 【Andy17】さん [ビデオ(吹替)] 6点(2005-10-30 22:14:01) |
12.「なかせる映画」かと思いましたが、「考えさせられる映画」でした。ハリウッド的になにか「がーん」ということがあって、涙どばーって感じではなく、黙々と「死」というものについての問いかけがあり、「キミたちもよく考えてみ」という感じ。そのあたりを評価しました。 (変更)が、期待していたほどの感情の起伏がかんじられなかったので-1点。 【んぽ】さん [DVD(字幕)] 7点(2005-10-29 03:43:23) |
11.人物の苦悩や想いがグッと伝わってくる。考えさせられる映画。まあ自ら命を絶つということに関しては、個人的には本人の自由なんじゃねえかと思う。 【ばかぽん】さん [DVD(字幕)] 7点(2005-10-29 01:43:45) |
10.人間は死に際し最後まで人間として扱われ人間として死んでゆく、「尊厳死」という”死ぬための権利”を裁判してまで獲得するために生きる人間。「尊厳死」も「自殺」と同じという考え方はカトリックのスペイン人と日本人との宗教観の違いが大きいんじゃないでしょうか。キリスト教の中では「自殺」=悪・地獄に堕ちるわけで自殺は罪とされた社会だからこそ「尊厳死」という思想が生まれた。日本人は乱暴な言い方をすれば宗教・宗派によっては悪人でも神になれるし、自殺しても極楽浄土へ行ける国。日本においても賛否両論分かれる問題であり、西洋人のような心情で「尊厳死」を理解する事は到底出来ない。ただ生活を共にする家族の中に介護を必要とする人間がいる人のみが、彼と彼の回りの人間の気持ちが本当の意味で理解できるんじゃないだろうか。 【亜流派 十五郎】さん [DVD(字幕)] 8点(2005-10-22 20:55:10) |
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9.人間の死生観に纏わる究極の問いかけをテーマにしている作品であるが故に、それぞれの生き方や考え方の違いから、観る人によって感じ方や捉え方などといった価値判断も違ってくる。テーマがテーマだけに明確な答えなどなく、作り手側もそんなことを求めてはいないのは明らかだ。様々な異なった意見はあって然るべきであり、それほどに考えさせられる作品だと言う事である。主人公のラモンは若い頃に遭遇した事故で四肢麻痺となり、終生ベッドに横たわるだけの生活を強いられているのだが、病魔に襲われていつ死が訪れるかも知れない病人とは違い、あくまでも身障者なのである。だからその気にさえなれば人生を全うする事も可能だった筈だ。しかしながら、彼は自ら人生にピリオドを打つ決断をしたのだ。映画はそんな彼のとった行動に対し“何故?”ではなく、あくまでも“どう思いますか?”と問いかけている。端的に言えば、身の回りの世話をし見守ってくれている人々に対する気遣いと、自分では何ひとつ出来ないという屈辱的な日々に耐えられなくなり、もはや生きていく事に意味を見出せなくなってしまったからだろう。要は彼のプライドが許さないのだ。人間とは様々な人々と関わり合い支え合いながら生きている。それは健常者であろうと身障者であろうと。そして身障者の多くは自らその苦境を乗り越えて生きているのも事実であり、だから28年もの間、支え続けてくれた家族や友人たちに対して、ラモンのとった行動は余りにも身勝手だという意見も良く分かる。しかも死ぬことすら人の手を借りなければならないとならば、尚更である。取りも直さず、ずっと見守ってくれ支えてきてくれた人々に対し、彼には生きる「責任」があり、人生を全うする事によって初めて、生きる「義務」を果たしたと言えないだろうか。それが延いては「感謝」や「礼儀」という事にも繋がってくる。しかし生ある限り強く生き抜いて欲しいという周囲の願いは、所詮「綺麗ごと」に過ぎないのかも知れない。映画はドラマ性を極力抑え、ラモンを取り巻く人たちの日常を冷静な眼差しで綴っていく。だからその味わいは意外なほど淡白だ。本作は表層的には魂の救済の物語のようだが、寧ろ人に愛され大切にされる事の意味を問いかけているように思う。 【ドラえもん】さん [映画館(字幕)] 7点(2005-08-25 17:26:09) |
8.正確に言えば、彼の死は「尊厳死」でもなく、「安楽死」でもない。彼は「自殺」したのであり、彼を支援する立場は「自殺幇助」であろう。 映画の中に「尊厳を守るために死ぬ」という彼の言葉がある為、そこから「尊厳死」というひとつのイメージが喚起されるが、それを限定的に扱ってしまうと、この映画から僕らが受けるより深い響きを損なってしまうように思う。それはとても勿体無いことだ。 彼は頚椎損傷を原因とする四肢麻痺により、28年間も寝たきりの生活を余儀なくされ、そこには既に長い長い物語が横たわっている。しかし、敢えて言えば、この映画は、彼と家族の長い物語の果てに、フリアとロサという全く違うタイプの二人の女性が彼らに関わる、その中で彼らが彼の自殺を決心し、そして決行する、短い期間に凝縮された感情の物語として僕は捉えるのである。もっと言えば、この物語は彼だけの物語ではなく、彼に関わった人たちの物語でもあるのだ。彼は自殺する。しかし、そこには、自殺する彼を中心にして、彼らの「生きる」ことへの濃密な意志と疑義が垣間見えないだろうか。そして彼自身についても、生と死への思いが微妙に捩れる瞬間が、その人間的な揺らぎが、共振するように僕らを揺さぶるのである。 「海を飛ぶ夢」とは何だろうか? 映像とともに印象的に語られる彼の「海を飛ぶ夢」とは? それは叶わない夢でありながら、彼を28年間支え続けてきた不可能性の可能性ではなかったか。彼はフリアに想う。「永遠に縮まらない距離」のことを。フリアもロサも結局は錯覚してしまったのだと僕は思う。彼だけが彼女達との触れ合いの中で揺らぎながらも、結局はその距離が決定的であることを悟るのである。そんな彼自身が決して相対化され得ないこと、そのことを今度は僕らが悟るに至るのだ。 間違ってはならないのは、彼は仏のように悟って死ぬのでは決してなく、人間という不可解さを自明のものとして死ぬのである。それは生きることへの揺らぎと言っていい。そこに逆説的に浮かび上がる、静かに切り取られ選び取られた生の有り様こそが僕らの胸を強く掴むのであろう。 僕としてはやはり彼に焦点を当ててしまうが、やはり、この物語は彼に関わった人々の「生きる」物語である。そしてもちろん、その反映の中に僕らも含まれている。それが観るということだろう。 【onomichi】さん [映画館(字幕)] 9点(2005-06-18 22:29:51) (良:1票) |
7.この作品は、はたして「尊厳死」と「自殺」という社会問題への解答を意図して作られたのだろうか。法廷やマスコミが主人公にとってあまりにも無意味な存在として描かれているように(そして自筆の本でさえも死のタイミングを図る一つの要素でしかなかったように)、私はむしろこの作品に主人公の「死」への哲学を純粋に見た思いがした。実話ベースの作品なので敢えて言うと、私たちが彼をみているのは2時間だが、介護をする家族が彼を看ているのは28年間という途方もない期間である。彼はその間、「体の向きを変える」事から、それこそ「袋を取り替える」事まで全てを周囲に委ねざるを得ない状態で生活してきた。『涙を流す代わりに笑顔で取り繕う事を覚えるのさ』という一言は、彼にとっての「生きている辛さ」を非常に象徴している。(彼の家族ほどではないが近い現状に直面している者にとっては、涙腺が緩んで仕方なかった。映画館であれほど、恥ずかしいほど号泣した事はなかった。)そして愛し、分かり合えた人にすら忘れ去られていく事実。死とは、海を飛ぶ夢とは対極にある、この世で最も儚き現実である事を改めて思い知らされる。くだらない、要らないと思えるシーンや人物も時折登場するものの、ぜひ社会問題としてではなく、いつか訪れる自分の問題として、そして家族の問題として、この作品を多くの人に観てほしいと切に願う。 【wood】さん [映画館(字幕)] 9点(2005-06-05 10:50:52) (良:1票) |
6.個人的には尊厳死には「賛成派」だが、この映画を見るといろいろと考えさせられる。自ら死を望むにも、二通りあると思う。苦痛から逃げる為の「単なる自殺」か、もしくは「ミリオンダラー・ベイビー」のように、自らの人生を価値あるものに終わらせる為の「人生の選択」か。この映画の主人公は28年間、寝たきりの人生に価値を見出せず、また周囲の人々を含んだこれからの生活にも希望を持てず、人の助けを借りて死を選んだ。これは間違いなく後者ではなく、前者の「自殺」である。「尊厳死」と一言で片付けられるが、これも死を望む本人の考え方ひとつでこれらが変わってくる。私も支持するなら、「逃げの自殺」ではなく「人生の選択」としての尊厳死を支持したい。そしてもし身近にそんな人がいたら、間違ってもロサのような。薄っぺらで迷惑な偽善者にはなりたくない。賛成にしろ反対にしろ、彼の家族のように親身に死と向きあいたい。映画としてはとても味わい深く、特に回想シーンや、空想シーン(特に窓から海へ飛ぶ場面)は良く出来ていると思う。‥‥‥この映画を観ていて、星野富弘氏を思い出した。ばりばりのスポーツマンから突然、主人公と同じ頭から上しか動けない身体になった時、彼は自分の醜さと徹底的に向き合い、逃げる事なく周りの人の為に生きる事を選んだ。だから彼が口で描く絵や詩からは、偽善的な臭いのカケラもない、澄んだ力強いメッセージが伝わって来る。それでも、誰もが彼のような希望を持てる訳ではない。やはり、「ショーシャンクの空に」にも謳われていたように、希望を持つにはそれなりの強さが必要なのだ。 【six-coin】さん [映画館(字幕)] 5点(2005-05-30 13:20:38) |
5.テーマも深いし、映画として見応えもある。ストーリーの運びも絶妙だし、俳優の演技も申し分ない。…ただ、なんだろう。伝わるものが明確なだけに、語りすぎていたのかもしれない。饒舌に過ぎたのかもしれない。惜しむらくは…。ハリウッドじゃできない物にして欲しかった。 【GUSUTAV03】さん [映画館(字幕)] 7点(2005-05-20 04:05:11) |
4.(長々と失礼します) 愛と生と死を描いた、言わば禅問答の様な作品。私はこれまで、深く考えずに「尊厳死」なるものを支持してたと思う。しかし驚いたことに、本作を観てその考えが変わりました。これは明らかに単なる自殺です。借金を苦にしてビルから飛び降りるのと何ら変わりません。本作の主人公が他の人と違うのは、その自殺に人の手を借りなければならないということ。ここが最大のポイントです。「愛する人に殺させるか?」、若しくは「愛する人を殺せるか?」と問われれば、私にはとても無理です。愛とはエゴイスティックな感情。例え相手が植物状態で回復の見込みが無くても、ただ生きていて欲しいと願うのが人情ってもんです。植物状態の人間にとって命に意味は無いかもしれませんが、周りの人達にとっては、その人が「生きていること」こそ重要。他人の為に命を投げ打つのが崇高な行為なら、他人の為に生き続けることもまた崇高な行為の筈。そこに命の意味が生まれるのです。恐らくフリアはそのことに気づいたのでしょう。中身のスッカラカンなロサは気づかない。最も複雑な感情を体現していたのはマヌエラ。主人公の意思を尊重したい気持ちもあるし、愛する家族を失いたくないとも思っている。介護を負担にも感じているし、世話することに喜びを見出してもいる。ここに答はありません、たぶん何処にも無いでしょう…。それにしてもアレハンドロ・アメナーバルという人は、ホントに映画作りが巧いですね。特に序盤の、主人公の過去の見せ方には惚れ惚れしました。それでも私的に特別な感動はありませんでしたが(隣に座った女性は号泣してますた)、色々と考えるきっかけを与えて貰ったので、7点献上。 【sayzin】さん [映画館(字幕)] 7点(2005-05-13 00:11:44) |
3.アレハンドロさんは本当にすごいですね。まだ30歳くらいでしょ?いやぁすごい。爽やかな感動をありがとうございます。それにしてもこの作品のテーマである尊厳死の問題ってほんと難しい。家族の中に意見の不一致があるのが如実に物語ってますね。死とは何か?愛とは何か?永遠普遍の問いにそう簡単に答えなどは出ませんが、観た後になにかしら感じるものがあれば、それでいいんです。 【あろえりーな】さん [映画館(字幕)] 8点(2005-05-06 01:20:08) |
2.尊厳死を扱った作品であるが決して暗い内容でも「お涙ちょうだい」的な内容にもなってなっていなかったのがまたいい。純粋に「尊厳死」というテーマに対して真面目に取り組んでいる。自分自身、寝たきりになって自由に動き回れない体になってしまったら尊厳死を望みたい。技術によって生かされたくないし、苦しんで死んでいくのもいやだ。そう思う人は世の中にたくさんいると思う。そんな考えを持った人達からのメッセージとも受け取れた。深い内容の映画であった。 【ぺん】さん [映画館(字幕)] 7点(2005-05-02 23:03:39) |
1.死(=生)に対するそれぞれの考え方。生きていて欲しいと願う愛とはエゴなのか。「死は生まれる前の何もない無」 【MjB】さん [映画館(字幕)] 9点(2005-04-20 00:22:31) |