1.たぶんブニュエルでは、メキシコ時代の作品群が最も充実しているだろうが、どれが好きかと言うと、私はこれ。自在な語り口の妙。不安と妄想とトボケた笑いが渾然一体となって、「作者は何を言いたいのか」なんて要約されることをきっぱり拒絶した、まさに映画でしか表わせない世界。映画でしか表わせないものというと、とかく美的な構図やスリリングな移動の効果などに多くの監督は工夫を凝らしてきた、でもブニュエルはそうはしない。ごく普通のカットを織り合わせるという基本で、映画が表わせるものを突き詰めた、いや拡大したと言うべきか。道を主人公たちがただ歩いていくシーンがポンとはいる。意味を考えりゃ、車に乗っていないブルジョワジーたちの頼りなさとか、周囲の農作物と隔てられた食欲だけの存在とか、いろいろ出てくるが、妄想と夢が氾濫した後にポッとその屋外シーンになると、もう意味がどうのではなく映画のリズムとしてまことに効果的で、こうして歩き続けていく彼らが映画を貫いてまとめ上げていくそのさまを、感じ入って見守るしかなくなる。あのシーンで感じる気分を、映画以外で味わうことは不可能だ。繰り返されるごとに夢の状況は悪くなっていくし、やたら発砲も起こる。喫茶店での軍人の話と神父のエピソードが重なってくる。それでも彼らは映画を貫いて歩き続ける。意味と無意味の境のような道を、あてがあるんだかないんだか歩き続ける。こちらは落語家の名人芸に立ち会っているように、ただただ話術に身を任せていればいい。