2.考えてみれば映画産業の斜陽化がいよいよ深刻になった1970年代って、映画館へ訪れなくなった観客を呼び戻そうとさまざまなジャンルが生み出された面白い時期だったんだな。
ヘイズコードが撤廃されて人の情動に訴えかける表現が比較的自由になったからということもあるかもだけど。
アメリカンニューシネマで若い世代を、
ロートルスター総出演のはりぼてディザスター映画やノスタルジア映画で古きよき時代を思い出したいオールドファンを、
政治や裏社会をジャーナリスティックに扱った映画でビジネスマンたちを、
それまではB級の素材でしかなかった子供向けテレビで放送されるようなSFやホラーやそもそもそれまで映画の題材にならなかったような子供の恋物語で子供たちを
懸命に映画館へ呼び込もうとしたわけです。
そんな中で今更こんなベタベタなメロドラマがウケるものかと思われながら大ヒットを記録したのが「ある愛の詩」。
ぼくは「詩」の文字を「うた」と読むことがあるというのをこのタイトルで初めて知りました。
難病悲恋ものはメロドラマの鉄板ネタとして今でもよく作られるのですが、この「ある愛の詩」以後類似の作品が何本も公開された覚えがあります。
この「ラストコンサート」もそんな中の一本。そろそろこのテーマの映画が飽きられはじめた頃の作品だったような気がします。
「小さな恋のメロディ」で見覚えた安心の日本ヘラルド映画のマーク。
この日本ヘラルド映画が配給だけでなく制作のために出資までした映画です。
出資が日本、スタッフキャストはイタリア、使用言語は英語、舞台はフランスというばかに国際的な映画でした。
日本が出資しているからなのか、60年代70年代頃の日本の少女漫画の雰囲気を強く持っている感じがします。
実際、この映画をわたなべまさこ、水野英子、本村三四子諸氏の絵柄で全く違和感なく脳内再生することができます。
20歳の女性が中年男性に一目惚れし積極的にいいよってくるという幕明け。
今見たら、これは男の妄想そのものじゃないかとフェミの人たちに攻撃されておかしくない展開。
でもこの映画が作られた頃の意識では女性から男性に迫っていくというのが、かえって女性の側の妄想であり憧れであったということもあるのです。
これは当時の少女漫画を見てみるといくつもの例を発見することができるでしょう。
だって男女平等だもン!みたいな。
現在の価値観で昔の作品を評価することの難しさを感じるところでもあります。
まあ、個人的な思い出補正を越えて見る価値がある映画かどうかは不明ですが、そこまでの話題作でもないのにDVDが売られ続けているというのはそれだけこの作品を求める人がいるということなのでしょう。
ヒロインが白血病であることは序盤で既に明かされていて結末は最初から分かりきっていますので、衝撃を受けることなく安心して泣くことができる映画だと思います。
涙を流したい時にはどうぞ。