8.さすがはレッドフォード、タイトルに違わぬ華麗な立ち姿、しゅっとしてGreatだ。それだけじゃなくてレッドフォードが巧いのは、ギャツビーの内面を滲み出す演技ができていること。金ピカぶりは実は張子の虎で、中身は純情、純朴、愚直なまでに一途。夫とはっきり別れようとしないデイジー、その夫との三すくみ場面や、子供が予期せず現われた時の困惑と動揺。レッドフォードの澄んだ瞳からは全く計算高さを感じない。謎めいたギャツビー氏のキャラクターがだんだんと見えてくるにつれて、客の気持ちはレッドフォードびいきの、デイジー憎しになってゆくのだった。 ああギャツビー、なんであんな女に惚れるかね?見る目が無さ過ぎる・・男子校出身なのか女のきょうだいがいないのか。いや激しい貧乏コンプレックスか。切なく絢爛な映画でありました。 【tottoko】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2014-01-26 18:11:52) |
7.眠気を我慢すれば、見所はけっこうある。当時の風俗の見事な再現。人間の身勝手さ、特にあの夫婦。ギャツビーの一途な愛とその実現に向けた壮大な計画と実行力。カレン・ブラックの死んだ顔。鳶が鷹を産んだような父親。 【パセリセージ】さん 7点(2005-02-26 22:42:11) |
6.ギャツビーもニックもちょいとイメージが違うのだが、、、原作のギャツビーは何やら怪しげな素性ながら実は純粋で誠実な人間であり、そのことが田舎インテリで若気を残すニックに感銘を与えるのである。ギャツビーの素性の如何わしさ、成り上がりものとしての存在感、上流階級に馴染めない率直さなど、レッドフォードのお坊ちゃん的雰囲気とはあまりにも対極にあるような気がする。ニックについても同様。ニックは語り部らしい機転のきくスマートな皮肉屋であるはずなのに、画面で見る人物は単なる田舎青年にしか見えない。つまり人物設定がかなり平板な印象を拭えないのである。それでも、若きレッドフォードはそれなりに魅せる人物ではあるようだ。確かに華麗である。でも、本来ギャツビーは華麗ではない。ギャツビーは価値判断の間違った無為な破滅志向に囚われる純朴さの象徴であり、それが偉大なのだ。ギャツビーの破滅がこの作品の主題であるとともに、ニックにしてギャツビーを偉大だと思わせる、その破滅も含めて忘れえぬ印象がニックを成長に導く物語でもある。その辺りの描写はかなり薄く、あの当時の時代的雰囲気を忠実に再現した小説のダイジェスト版と言われてしまうのも分かるような気がする。なかなか映画化は難しいものだ。 【onomichi】さん 7点(2004-07-04 23:59:20) (良:1票) |
5.あの、すみません。レッドフォード大好きなんです。映画としてはイマイチでも、彼がいちばん美しく撮れてる作品だと思うので、それだけでこの点数です。(記憶違いでなければ、本作いつも正月の深夜、テレビ放映されていた気がするんですけど…) 【poppo】さん 7点(2003-04-26 18:37:54) |
4.どうコメントしたらいいか・・・とにかく切ない。ギャツビーが本当にディジーだけをを心から愛しているのが見ててわかるからかな?しかしロバート・レッドフォードは若い時もやっぱり男前だわ(惚) 【もみじプリン】さん 7点(2002-03-07 14:55:21) |
3.切なくて、バカー!とか思うのに、時々無性に見たくなる。そしてその度にムカついてる。結局好きな映画なんだと思う。 【おれく】さん 7点(2002-02-12 02:11:48) |
2. ミア・ファーロウ(美しい!)演ずるデイジイと、彼女に惹かれてしまうギャツビーと、人が人を恋することは本当に理屈ではない(恋は盲目とはよく言ったもの)と思ってしまう映画.個人的にはデイジイのような計算高い人は「蛇蝎のごとく」嫌いですが・・・. 【シャリファ】さん 7点(2001-11-02 18:52:12) |
1.御婦人の前では、たとえ暑くて顔に汗をかいていても、ピシっとスーツを着こなし平然としているのが、この時代の上流階級の男のダンディズムか。この作品、ストーリーなどどうでもよく、ただ次々と登場するラルフ・ローレンの華麗なるファッションに身を包んだ美しい男と女に、ただただ見とれていればいい。そんな作品です。 【ドラえもん】さん 7点(2001-01-07 21:45:30) (良:1票) |