《改行表示》36.初見。後悔しか浮かんで来ない過去、澱みきってくたびれ果てた現在、希望が浮かんで来ない将来。 この歳で観た本作に心洗われる思いです。 とりわけ歌に。 贅を極めた聖職者の頂点たる教皇(アレック・ギネス)の神に仕える初心を思い出したかのような振る舞いは、重みがあるシーンでした。 心の拠りどころの一つとなる秀作です。 |
35.ここまで宗教色が強いとちょっと引いてしまいます。地に足のついていない生活を送っていた主人公が聖人として開花した姿を見ても、私には何も響きませんでした。 【川本知佳】さん [DVD(字幕)] 4点(2014-05-26 22:05:39) |
34.キリスト教社会では説明の必要もないほどの人気を誇る「アッシジのフランチェスコ」の映画だそうだが、彼らには説明の必要はなくとも日本人にとってはいささか、いや、かなり説明不足だろう。フランチェスコが悟り?を開く場面、親友達やクララが彼を慕って入信する場面など、どうしてそうなるの???ということが幾度もあった。しかし、映画の美しさは特筆に値する。どこでロケをしたのか、アッシジなのか、出てくる風景がとんでもなくのどかで美しい。音楽も相まってうっとりとさせられるような場面のみが印象に残る映画であった。好み25/50、演出10/15、脚本7/15、演技5/10、技術8/10、合計55/100→6/10点 |
33.映像は絵画のようにきれいで、内容もすばらしい。一昔前の映画とはおもえないような、すばらしい出来だった。 【ホットチョコレート】さん [DVD(字幕)] 8点(2009-09-27 09:52:28) |
32.最初変人扱いしていた連中が,あっという間に仲間になってしまう・・・納得できる人はキリスト教徒の素質あり! おお,なんてすばらしい! 【マー君】さん [DVD(吹替)] 3点(2008-12-20 15:29:49) |
31.富を捨てる?貧しさを選ぶ?鳥のように生きる?愛される前に愛する?・・。がたがたの石畳の上を裸足で歩き、暑さ寒さに耐え忍び、干からびたパンを分け与える。あまりに清く正しすぎる。でも、そんな彼らの姿に絵画のように美しい画の数々や敬虔な音楽と同じように癒され、敬う。やっぱり感動し、涙がでた。 【カリプソ】さん [DVD(字幕)] 9点(2007-08-30 02:11:19) |
30.感動しました。観終わった後に色々考えさせられました。素晴らしい!でも、単調すぎて途中、睡魔というサタンと闘わなくてはならない試練を与えられてしまう。でも私、頑張りました!! 【憲玉】さん [DVD(吹替)] 7点(2006-11-04 00:53:54) |
《改行表示》29.学校の世界史の授業でみせてもらったすばらしい映画。せつなく、やさしく、そして清らか。 これは美しい宗教映画です。世の中の矛盾に疑問を抱いた若者の情熱が彼の周りに多くの人びとを集める。富者の物となってしまった宗教を貧者に取り戻そうとするかのように。そしてその情熱がやがて大きな実を結ぶ。観終わったあとは感動の涙と共に、どこまでも崇高なテーマ曲が耳に残ることでしょう。 【シェリー・ジェリー】さん [ビデオ(字幕)] 9点(2006-09-14 19:26:23) (良:1票) |
28.持たざることの自由、何にも属さないが故の自由。宗教について何にも知識が無くても最後までちゃんと観て富と権力を非難する製作者側のメッセージをよく理解できる。そして宗教の汚い部分と信仰の美しい部分を示し「清貧」という言葉の意味をより解りやすく丁寧に映像で教えてくれる佳作。 【WEB職人】さん 8点(2005-03-05 22:01:16) (良:2票) |
27.これまたどうなんだろう? 宗教映画と言うよりは、【やましんの巻】さんの仰られる様に、音楽共々ヒッピー映画の側面が強いと私も感じた(↑これって一応ミュージカルなんですか?)。宗教に関心の無い典型的な日本人、そして映画ファンの私には、フランチェスコがどういう人物だかさっぱりと伝わってもこなかった。小作人の一人が言った様に、この宗派(?)の開祖の人達は全員裕福の出。はっきり言って毎日が食うや食わずの人間に、花が美しいとか鳥は自由だとかほざいてる暇は無い。ましてや親の財産を勝手に捨てるなど言語道断。唯の放蕩息子でしょ、この人、4点献上。 【sayzin】さん 4点(2005-01-11 01:10:57) (良:1票) |
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26.登場人物の陰影がとても薄っぺらいです。残念ですが、エンターテイメントとしてはこの点数止まりでしょう。でも、ふと人生に疲れた時、もう一度観直してみたいと思える映画でした。 【K】さん 6点(2004-09-24 20:53:28) |
《改行表示》25.映画館で見たのは、1974年。生まれたままの姿になるフランチェスコ、金髪の輝くクレアの断髪シーン、教皇インノケント13世との劇的な謁見が忘れられない内容です。そして、多くの人達がコメントするあの優しい音楽。それは、シンガー・ソング・ライター、ドノヴァン・レイチがギターを奏でて唄っている主題歌。静かな曲だけれどずうーっと耳に残っている。その後、この映画をテレビで何回か見たが、清らかになる気持は同じであった。 今度DVDが出たので、早速購入。見終わって、30年前と全く変わらない感想です。<アッシジのフランチェスコ>と言えば、殆どのカソリックの人達は巡礼聖人として良く知っている。彼を支えた聖女クレアの名前と共に。でもこの映画は、クリスチャンであるかどうかに関係なく、フランチェスコとその周囲の人達が示した暖かい思いやりに心を打たれる。フランチェスコを演じたグラハム・フォークナーも、クレアになった女優ジュディ・ボウカーも新人俳優で、二人とも新鮮そのもの、そして眼の輝きが素晴らしい。昨今の若い人達に是非見て欲しい秀作だと思いますね。 【チャロ主】さん 10点(2004-09-08 18:31:06) (良:1票) |
24.説教くさいけど、3回ほど泣いてしまいました。いい映画です。 【患部】さん 7点(2004-05-14 13:01:51) |
23.中学生の時に観て感動して以来、私にとってバイブル的存在の各品。これほど美しくて、清々しい映画は○十年経った今も見当たらない。鑑賞後は魂が洗われたような気分になるので、ことあるごとに観てますね。クレアのセリフ「理解されるより理解したい。愛されるより愛したい」は一番好きな言葉。殺伐とした今の時代にこそ、たくさんの人(特に十代の子達)にこの映画を観てほしいですね。名作として残っていってほしいものです。 【やむちゃ】さん 10点(2003-11-08 17:27:48) (良:1票) |
22.今ではこんな作品を創る人はいないだろうな。70年代前半になぜこのような映画が創られたのか?宗教というのは一つの生き方だとは思うが、あの挫折の時代(70年代)において、敢えて神の名のもとに、確信的に所有を否定する考えは、やはり一種の逃避としか思えない。この作品に見られるフランチェスコのような聖者像や彼に従って若い青春を抑圧する信者には、いまでは多くの人が共感し得ないだろう。若さ故の自意識の表出というのは、とても自然なことだ。そこでの挫折を僕らは「青春」と呼ぶが、生き難さの抑圧の中でも僕らは真っ当に生きることを目指して、社会における様々なエロスと抑圧を引き合わねばならないのだ。僕らは21世紀の高度資本主義社会に生きる者として、自明の抑圧に耐え、その中でささやかな生きていく欲望を見出だすのみである。青春を抑圧するところに哲学はない。。。と今では思うが、この映画を観た10数年前には、違和を感じながらもその清清しさに心を動かされたような気もする。実のところ。 【onomichi】さん 7点(2003-10-18 14:14:33) (良:1票) |
21.最初テレビで見てドノヴァンのテーマとともにえらく感動しました。映像もきれいでほんわかです。でも後に映画館で見たらテレビにない放蕩シーンがあって、ちょっとびっくり、ゲンナリしました。カットされていた短い方が良かったというと邪道かもしれないけど。テレビ版なら8点か9点なんですが・・・。 【omut】さん 7点(2003-08-03 04:40:09) |
20.どんな宗教も、必ず、現実離れのユートピア思想というか、現実逃避の側面を内包しているものです。まして宗教的な環境に身を置いたことのある人なら、なおのこと、そのことに気づくはずです。ただ、この作品は、そういった場所から、少し離れたところにあるのではないかと思います。もっと自然で、もっとシンプルな、清く貧しく美しい日常的な生活に根ざしたものではなかったかなと思います。 【くるみぱぱ】さん 8点(2003-07-31 05:11:10) |
19.詳しいことは書かないが、自分も宗教的環境にいたことがあり、そこでは、バイブルのような映画であった。時代背景も視野に捉えて、深読みをしておられる方もいるようですが、【prado】さんが書いておられるように、素直に観たらよいのではないかと思っております。一言でいえば、清貧の思想を説いていると同時に、ドグマ主義と権威主義に陥っている旧態依然とした宗教を風刺しているように私には感じました。仮に史実に忠実でなくとも、映画の中で彼が説いたことは、人が幸せに生きる為のヒントにはなっていると感じます。映像美もさることながら、精神性の高さにおいても、良質の作品ではないでしょうか。 【すぎさ】さん 9点(2003-07-11 01:25:24) (良:1票) |
18.公開当時一度見たきり・・・でも強く印象に残っている。第一に音楽・歌、レコードで何度も聞いた。第二にアシッシの美しい風景、カメラがとてもきれいにとらえていた。これで今でもアシッシに行きたいと思っている。第三に聖フランチェスコの生き方、清貧に殉ずるその姿に感銘を受けた。細かな所は記憶が薄くなってしまった。年月がたった今、もう一度見てみたい。 【キリコ】さん 8点(2003-07-08 20:27:11) |
17.一貫してマタイの福音書の難しいとされる部分が、うまく解釈、描いている。「持たざることの至福感」と「(苦しみの中にも福音を見る)神への全面的信頼」は、極めてキリスト教の大事な部分である。ここが理解できない限り、「真理は汝らを自由にする」の意味がつかめない。戒律主義に陥り、哲学的苦行僧物語で終わってしまう。その至福感は、雪原での教会再建の場面、豪雨の中での托鉢の場面等の厳しい環境の場面で、「安心していろ(神が養ってくださる)」と言ってるかのように使徒・民を励まし、その時のグラハム・フォクナーの揺るぎない神への信仰を表す目力と、全ての苦しみを超越した微笑みが、多くの人の心を引きつけるのだろう。後半の迫害後、総本山の教皇に間違いを拝聴に行こう(もちろん、命がけだろうが)という考えは、通常の聖職者を描いた映画とは異なる。「苦しみも、御心」と受容し、感謝しつつ現実と対峙していく姿が描かれ、それがさらなる感動を呼び起こす(英映画「ミッシヨン」参照)。ある面で途中まで成功しているのに、詰めの甘さが致命的で、「Hippys!」「現実逃避」と批判されても仕方がない。 【prado】さん 7点(2003-07-06 12:44:44) (良:1票) |