12.「オラ、ワクワクしてきたぞ!」
このアニメの主人公が過去に何度も何度も発してきたセリフである。
孫悟空という主人公が終始一貫追い求めてきたものは、「最強」という称号などではない。
自分よりも“強い者”と出会い、それに打ち勝つことだ。
前作から実に17年ぶりの劇場版作品。原作者鳥山明が初めて直接ストーリーに関与した今作には、原点回帰ともいえる要素が色濃く表されていた。
アニメーション映画としてのクオリティーは別として、この漫画・アニメシリーズによる“高揚感”がDNAに刷り込まれている世代の者にとって、久方ぶりに描き出された世界観は、ただただ楽しく、嬉しいものだったと言える。
勿論、難点はいくつもある。
“破壊神ビルス”というこれまた次元を超えた難敵が登場したわりには、舞台となる場所はブルマ邸の庭先に過ぎず、描かれるストーリーの大部分は“ブルマの誕生日会”なので、あまりに派手さがない。
また、ビルスの怒りを抑えようと孤軍奮闘するベジータの“キャラ崩壊ぶり”もいささかやり過ぎなように思える。
ただ、そういった難点すらも、長年のファンにとってはもはや微笑ましく見える。
誕生日会であれなんであれ、レギュラーキャラクターたちが勢揃いした様は、その描写を見ただけで嬉しい。
“キャラ崩壊”のベジータも、彼が長らく地球に住み着いて辿り着いた人格だと思えるし、恥もプライドもかなぐり捨てて、家族と仲間たちを守ろうとする滑稽な姿は、もはや感動的ですらあった。
何よりもこの映画作品には、“3・11”の大震災を受けた偉大な漫画家の熱い意思が表れている。
それは、多少ふざけすぎていたとしても、久しぶりに一堂に会した仲間たちとの時間を“楽しいものにしたい!”という思いであり、それを見た子どもたち、そしてこの作品に熱狂し大人になったかつての子どもたちを再び笑顔にしたいという熱い思いだろう。
この映画はおそらく初めて、孫悟空が相手に勝てないまま終幕する。
それも、上には上がいて、この世界は、この宇宙はもっと“可能性”に溢れているという漫画家からのメッセージに違いない。
“可能性”、それは即ち“未来”。
孫悟空という主人公はこれから先も、いくつも可能性に出会い、打ち勝ち、新しい未来に立ち続けることだろう。
成る程、「ドラゴンボール」という作品がいつまでだっても風化せず、愛されるわけだ。