19.非常に地味な映画である。ただし、同時に物凄く豪華で、洗練されている映画でもある。
その印象は明らかな矛盾を孕んでいるが、それがさも当たり前のようにまかり通っていることこそが、「一流」の映画である証であろう。
そして、一流の映画を生み出すことにおいて、スティーヴン・スピルバーグは頂点に立ち続けている。
この最新作を観て、彼のその立ち位置が現在進行形で変わりないことを思い知った。
映画は、芸術に秀でたスパイが黙々と自画像を描くシーンから始まる。
敵国に潜伏する孤独なスパイの極度の冷静さと、その奥底に一寸垣間見える人間性を感じる非常に見事なオープニングである。
このソ連側の老スパイを演じているマーク・ライランスの演技が素晴らしい。長らく舞台上で確固たる実績を重ねてきたベテラン俳優らしいが、朴訥とした雰囲気の中で一瞬見せる軽妙さが抜群であった。今作でのアカデミー賞受賞は間違いないのではないか。
勿論、主演のトム・ハンクスも至極当然のように名演を見せている。
弁護士としての責務を全うしようとする主人公は、国益のために規則をないがしろにしようとするCIAの要求対して、規則こそが国家を国家たるものとする唯一無二のものだと毅然と突っぱねる。
その揺るがない信念と怒りに満ちた姿こそが、アメリカという国が長らく見失っている“強さ”のように見えた。
主演俳優に投影されたかつての大国としての本当の強さ。そこにこそ、スティーヴン・スピルバーグが今このタイミングでこの映画を撮った意味が表れているのだと思う。
若者たちが塀を越えていく。
まったく同じ時代でありながら、一方は眩い青春の日常であり、一方は銃殺の対象であった。
それは何も、この映画で描かれた時代に限られた話ではないと思う。
同じようなことが、今この瞬間にも、世界のそこかしこで起こっている。
世界一の映画監督が伝えたかったメッセージ性は明らかだ。
ただしかし、決して説教臭くなどなく、極めて娯楽性に富んだ一流の映画に仕上がっている。
ただただ巧い。流石だ。