8.《ネタバレ》 イ・チャンドンの監督デビュー作が裏社会モノという、一見らしくないチョイスなのだが、
最後まで見続けると彼のテイストが根底からブレていないことが分かる。
確かに青臭く、粗削りな部分はあれど、次回作の完成度の高さを見るに、
巨匠に続くステップは既にできあがっていたのだ。
兵役が終わった青年・マクトンの、分裂気味の家族と一緒に小さな食堂を開きたいというささやかな夢。
それが冒頭のスカーフの娘・ミエとの出会いで運命が大きく変わっていく。
彼にとって裏社会で生きるにはあまりにも純粋すぎた。
だからこそ、ボスの情婦であるミエはDVから逃げたい思いをマクトンに投影する。
一方、マクトンが"兄貴"と呼ぶボスのペ・テゴンもまた、冷酷で暴力を振るいながらも敵対する組織には逆らえない。
仁義云々といったアウトローへの憧憬はとうになく、敵のトップを殺してしまったマクトンをぺ・テゴンは殺害する。
主人公のマクトンが死んだ後でも物語が続くのが本作の肝で、イ・チャンドンが伝えたいことがラストに集約されている。
彼の死が皮肉にも家族の結束を強め、地鶏料理の食堂がオープンすることになった。
食堂に現れたぺ・テゴンとその子を孕むミエは、経営する家族が被害者遺族とも知らずに食事を取る。
逃げる地鶏の屠殺とマクトンの兄たちがぺ・テゴンに媚を売るシーンに弱肉強食の非情さを決定づける。
ミエがマクトンから貰った写真で、食堂が彼の実家だと分かったことだけは唯一の救いか。
新しく建てられた無機質なマンションと、古い家屋の対比を捉えたロングショットに、
格差がこれからも続き、高度経済成長の社会から取り残された人たちがいた、その記録を残していく。
本作から30年近く経った今、イ・チャンドンは次にどのようにして分断していく韓国社会を切り取るのだろうか。