1.《ネタバレ》 「ホラー&スリラー映画」とのことで、現地の警察も出て事件の真相に迫っていくサスペンス風味もある。ベネチアの風景が見られるのはいいが、物語としてすっきり整理された感じはなく、昔の薬とか秘密結社の正体は何だったのか、人数を集めて最終的に何がしたかったのか(動画配信で終わり?)が納得できるよう作られている気はしない。最後もそれほど盛り上がらず尻すぼみのように終わってしまう。
テーマとしては世界的に問題化しているオーバーツーリズムを扱っている。以前からベネチアでは大型クルーズ船による観光客の増加や環境悪化が問題になっていたが、2019年6月には衝突事故が発生し、またユネスコの危機遺産指定を回避する関係もあって、2021年8月には政府が大型船の中心部乗り入れを禁止した。しかし大型船が来なくなったわけではなく観光公害も解消されないため、2024年4月からはほとんどが大型船で来る日帰り客を対象に入域料を取ることになっているが、たった5ユーロでは抑制効果がないとの批判もあったらしい。
この映画では大型船の観光客を、疫病を運ぶネズミの群れに見立てて人間扱いしていない。観光客が殺人鬼に殺されるのを住民が見過ごしにしていたのは激しい怒りと憎悪の表現であって、いわば全市が「人殺し(暗殺者)通り」と化していたということになる。ちなみにこの映画は地元イタリアのベネト州も支援しているようだった。
ところで題名の「…フレニア」は精神疾患を意味する接尾辞だろうがそれだけでは意味不明なので、例えば一つのものの中に異質で相反する要素が同居していることの表現と思うことにする。
同居の組み合わせの一つとしては、住民の間に観光客への強い反感がある一方、当然ながら観光で生計を立てる住民も多いことである。もう一つはカラス男(ペストドクター)とピエロの関係だが、これは一人の人間の持つ二面を双子として表現したようで、カラス男も本当は皆殺しにしたい衝動を秘めていたと解される。こういったことで現地の利害対立や住民の苦悩を表現していたようだった。
主人公は本来地味な性格のようだったが、実際来れば無銭飲食とか怪しい場所へ好んで入り込むなどネズミ集団の一員になってしまっていた。ネズミの分際で、友人を殺した男を「人でなし」と罵ったのは笑うところかと思ったが、この主人公も一個体に人とネズミが同居していたと取るべきかも知れない。
それでどうすべきかに関しては、例えば登場人物が言ったように、騒ぎたいだけの奴はラスベガスとか、カナリア諸島やバレアレス諸島のリゾートにでも行けということだ。また目の敵にされていたのは大型船で来る大集団だけで、それ以外は許容可能という区分けはできなくもない。橋で殺された東洋人はそれほど迷惑系にも見えず群れてもおらず、観光客とすれば好ましい方ではなかったかと思われる。主人公のネズミ仲間で生き残ったのも、スマホを持っていない奴と多少なりとも歴史に関心のある奴だった。
最後は歯切れの悪い終わり方で、この映画自体が分裂を内包しているのかと思ったが背後の意図は受け取れなくはない。金を生まない文化は持続性が期待できないにしても、金額で計れるものだけが文化の価値ではなく、また金を生むだけ生ませて潰して(沈めて)しまっていいわけでもない。ユネスコもそういう考えかどうか。
思ったより深い映画だったので長文になってしまった。