29.《ネタバレ》 物語は終始特に盛り上がるでもなく淡々と語られていく。
アンジェリーナ・ジョリー演じるクリスティンは時々怒りで叫んだりするが、基本的には劇中の黒のハイコントラストのような重々しい沈黙を選択する事が多い。
それはありのままを見せるドキュメンタリーといった記録がそうであるように、イーストウッドもあくまで実際の事件の再現に務めている。
真の対象は、事件そのものではなく事件によって人生を狂わされた人々の、怒りを抑圧する事を迫られる苦痛だ。
実際に起きた警察の不祥事、事件ごと揉み消されそうになる人間の実在、そして明かされる連続殺人の影・・・次々に真相が解明されていく瞬間の一瞬“ゾッ”とする感じがたまらない。
クリスティンが子供を捜してもらおうと電話する場面。こっちは急いでいるのに「24時間待って下さい」と言われる瞬間の焦り、恐怖、苛立ち。
誰よりも子供の肌に触れてきた母親が記録や記憶によって疑念が確信に変わる瞬間。
アメリカで“割礼”が拡く普及するのは第二次大戦後の1945年。
息子の捜索はやがて警察との全面対決へと変わっていく。
息子を見つけるため、何より母親としての自分や他人を否定した総てのものを許さないために。
クリスティンを助けてくれたキャロルの辛い過去もまた、彼女に戦わせる力を与えただろう。
今まで消極的な部分が多かったクリスティンに闘志が宿る。電気椅子なんざもう怖くない。
また、クリスティンのために粘り続けたブリーグレブ神父、それに警察として己の正義を貫くヤバラ刑事!
警察の腐敗した部分だけでなく、責任を果たそうとする人間など多面的な部分も描かれていて良い。
ゴードンもまた、自分が“くびり殺される”事など考えていない男だった。
警察も何度サンドバックにされようと歪みがない。
「ミスの批判よりも解決した事を評価して欲しい」じゃあ肝心のミスとやらを失くしてみろよファ●キュー。
論点をすり替え続けた警察がそうであったように、この映画は「自分がそうされたらどうしよう」なんて考える奴はほとんどいない。みんな自分が可愛くて、他人に睨まれるのが怖くて何も言えなくなってしまう。クリスティンは、そんな社会から逃げる事をやめた人間の一人だ。
神父は「神の力だ」とクリスティンに語るが、本当は神とか愛する我が子を心の支えにして戦い抜いた人間の奇跡なんです。