11.《ネタバレ》 年老いた照男や聾唖の征子は周りの人達から腫れ物のように扱われます。
一応福祉制度が確立されているこの国の社会では要介護老人や障害者は等級を付けられて区分されます。
制度運営の効率上、必要な事だと思います。
しかし、システム化が進む程、対象の人達も人格を持った一個人としてではなくシステムの一部として扱われがちになってしまいます。
本作はそのような社会へのアンチテーゼを訴えている様に感じました。
しかし、作中ではそんな社会に対する不満はタキさんや寺尾に怒鳴らせておいて、当事者たちの問題は身近な人間関係の中で展開されます。
田舎で一人暮らしをしている老いた父親を引き取ろうとする忠司の行いは立派ですが、長男の責任や世間への体裁以上の感情は感じられませんし、征子の周りの人達も彼女を気の毒な女性としか見ていません。
そのように扱われる彼等には、同じ目線で接してくる哲夫の存在は生きる喜びの本質を感じさせてくれているように思えたのではないでしょうか。
哲夫が照男に征子を紹介する時に「この人には俺が必要で、俺にはこの人が必要なんだ。」という台詞や、照男が哲夫に「お前いつまで俺に心配させるんだ。」という台詞で表されているように思います。
他人から頼りにされる事は自分の存在意義と、それだけで生き甲斐にも通じます。
そのような彼等を特別に清らかな存在とはせずに、頑固者の爺さんであったり、彼氏と別れる時に自分からキスをする積極的な面のある女性であったりと、監督も普通の人間と同じ目線で描いています。
また、この様なテーマを東京で苦労しながら暮らす息子の哲夫を通して極めて自然に溶け込ませ、且つ丁寧な情景描写として描く演出は、見ている側の感情に深く染み込んできます。
東京で頑張って自分の人生を切り開こうとしている息子に対して、不器用な父親が夜中にビールを煽って歌い出すプリミティブな感情表現は至極とも言えます。
特にこのシーンの黙々と歌う三国さんと、初めは少し驚きますが俯き加減で口元を緩める長瀬さんの表情と演技には引き込まれます。
ラストの出稼ぎから戻った時の家族が揃った回想シーンは、作中で一番色が鮮やかでありながら柔らかいトーンの画で描かれ、家に戻った一人ぼっちの照男の心境的対比となっているのと同時に、私には汲み取り切れないであろう彼の人生の重さや量の様なものを想像して感傷的になってしまいました。