1.「私は酒で◯◯を棒に振りました。この世に酒というものさえなければ・・・」 私のまわりにも現にいました、こういう人。シラフならホントにいい人なんだが、いったん酒が入ると別人のように人が変わった。それはさておき本作は、庶民の観点から描いた時代劇として完璧といってよいほど良く出来ています。冒頭早々より主要登場人物をカメラでゆったりと捉える。袖振り合うも他生の縁、みなさん渡し船にこじんまりと収まる。そしてこれらの登場人物が、物語が進むにつれすべてつながってゆく。作品そのものはちょっとユーモラスな作風で、富士を背景に描かれるは天下太平の世。さしずめ人情味溢れる和風ロードムービーと言ったところか。監督はあの邦画史上に燦然と輝く人間ドラマの傑作「飢餓海峡」を世に出した内田吐夢。縁日や旅籠の味わい深い雰囲気描写、多彩な人間模様の数々、庶民に向ける温かい眼差しなどなど、巨匠の名にふさわしく人の描き様が感心するほど上手い。しかも、中国抑留をはさむ10年余の空白を全く感じさせることはない。個人的にはやはり、月形龍之介演じる藤三郎の話が意外性も手伝い大きく胸を打ちましたね。ラストに用意された、青天のへきれきさながらの斬り合いのシーンも迫力充分。あの息づかいといい、見ているこちらまで仇討に参加しているみたいだ。そしてエンディングシーン、骨箱を抱えてトボトボと去ってゆく権八(片岡千恵蔵)の姿がなんともダサカッコイイのだ。まさに異色のヒーローが絵になる時代劇の傑作。