1.《ネタバレ》 原案は読んでませんが、寺田ヒロオを中心に据えたのは市川監督らしいですね。そうすることでトキワ荘での劇的な変遷も、創明期の若い漫画家たちの同志的な繋がりもよく表現されていたと思います。そう手塚治虫が寺さんを晩飯に誘うプロローグ的なエピソードからトキワ荘の性格を形付け、それから始まる青春群像へすんなり誘ってくれます。出前に来た店員だけに演技させた描写も素晴らしく、優れた小説の情景描写のように全てを静かに物語れるカメラワークは秀逸です。人間模様もうまく表現されていて、成功と挫折だけではない尊厳までもしっかりと描かれています。自分の世界を確立していても時代に取り残されるように、漫画のもつ無限の可能性と子供の娯楽といった要素との葛藤も寺さんを透して見事に表現されています。様々なジャンルがある現在ならば、寺さんの作品にも居場所があったのではないでしょうか。ラストの後輩たちからの相撲の誘い。トキワ荘の軒先から通りまでを捉え続けたアングルの中で一心に相撲をとり続ける寺さんの汗と涙がとても良かった。静けさの中、丁寧に散りばめられたエピソード一つ一つとそれらを優しく包みこむ素晴らしい選曲も心に沁みました。唯一、サントラもDVDも発売されていないのが悔やまれます。