2.《ネタバレ》 第七の封印とは?神学論争ですら割れている難解なこの黙示録を読み解くことなど、神学者や敬虔なクリスチャンでもない私には不可能なことだ。そのために見る側によって、様々なイマジネーションが創出されるのかもしれないと思う。
私の場合、ベルイマンは敢えてこのタイトルを用いて、宗教への疑念や不信を表明していると思う(後の「ファニーとアレクサンドル」でも、継承されている部分でもあるが)。
まずは映画の冒頭、十字軍から帰還した話で始まるところから、人間が創り上げた都合の良い宗教の矛盾を提示してくる。すなわち聖都奪還の目的がイスラム諸国からの略奪へと変質してしまい、神とは人間の都合の良いように『侵略行為』の名目に利用されてしまったものだということ。
途中で登場する堕落してしまった聖職者たち、火あぶりで魔女裁判(魔女は火で炙っても死なない)、自虐的に自分の身体を茨で打ち続ける殉教団などなど、混沌とした中世の世界観というより、不遜にも神の名を語り、人間が人間を自分の都合の良いように裁いていく不条理な情景を次々に提示してくる。
一方、死神という死の影は容赦なく迫りくる。その追っ手から逃れるためには、信仰など何の救済にも役立ちはしない。むしろ主役たち一行の死という犠牲があって、最後に旅芸人たちが生き残る(救済される)と言う複雑な思い。
私には強烈なメッセージを放つ作品であった。