1.映画の登場人物と自分を重ねてしまう、そんな経験は今までにはなかった。虚構は虚構、現実は現実であり、明確に隔てられていた。だが本作は物語と自分との間にあった膜のようなものを破った。アントワーヌ・ドワネル、この男は色んな意味で危ない男である。もちろん彼と自分が全く同じというわけではない。ただ彼の引き起こすトラブルに「大変だなぁ」と思いつつも、ふとそこに自分を見てしまうのである。そう思わせるだけの吸引力を彼は見事に持ち合わせている、真に危険な男である。全体的に言えばくどくないユーモアが漂った作品である。決して強引ではない人間らしさのあるおかしさである。夫人が話す礼儀と機転に関するエピソードは実に良い。これだけでイメージが拡がる。御飯に対してのお漬物みたいなポジションである。