1.《ネタバレ》 まず人前では泣くことはない私だが、年に数回は名画に涙する。殊に洋画ならチャップリン、邦画なら阪妻の主演映画に滅法弱い。『無法松』にしても『高田馬場』にしても、そして本作『王将』にしてもそう。阪妻の芝居に対し、観るたびに全幅の信頼感を寄せている自分が居る。この坂田三吉役も、まさに富島松五郎と並ぶ一世一代のハマリ役で、かくも映像を通して人間の体温が伝わるものかと驚嘆を禁じ得ない。
そんな阪妻に対し、堂々と伍しているのが水戸光子。戦前のアイドル的存在感も可愛らしくて好きだが、戦後は『女』や『雨月物語』、そして本作での糟糠の妻・小春の如く、全身から苦労が滲み出たような役柄で一層の輝きを放つ名女優に化けた。他にも父への愛情に充ちた批判をする玉江の三條美紀が凛々しく、滝沢修の知性漲る関根名人も秀逸。そんな充実した役者陣、厚みのあるストーリー展開に終始釘付けとなり、やがて迎える感無量のラスト。視界が溢れる涙で歪んでしまうのだが、その満足感たるや凡百の映画では到底得られるものではない。邦画史においても私個人にとっても、掛け替えのない至宝と云いきれる珠玉の一本である。