1.《ネタバレ》 テレンス・マリックという人は、映画において題材となっている「事象」や「人間ドラマ」を描こうとしているとはどうしても思えない。もちろん、それについて語ってはいるが、また決してそこの語りが疎かにはなっていないし、むしろ丁寧に描かれているのも事実だが、私にはそこが主眼とはどうしても思えない。『地獄の逃避行』と『天国の日々』については、もう記憶がおぼろげなので何とも言えないが、少なくとも『シン・レッド・ライン』は“戦争”を描いた作品とは思えなかった。この世に生けるすべてのものは、同じ魂を源とする表象の現れであるというショーペンハウエル的な世界観が主題であると、私には思えた。そして『ツリー・オブ・ライフ』に至っては、もう、家族の物語だけに収まっていないのは誰の目にも明白。
さて、本作『ニューワールド』では、17世紀初頭のヴァージニア入植を背景に、先住民の王女ポカホンタスとイギリス人男性ジョン・スミス、ジョン・ロルフの3人による純愛物語が題材になっている。この「物語」は確かに心に響くもので、特に恋するポカホンタスの姿は感動的だ。「この恋は過ちなのか?」と自問するも即座に「もう考えるのはやめよう。私は満たされている」ときっぱり自分の心に向き合う。この若々しさと凛々しさ。結局はスミスに捨てられる彼女だが、そんな傷心の彼女を愛する男性が現れ結婚する。やがて、死んだと思っていたスミスが生きていたことが分かり動揺するポカホンタスだったが、再会の後、夫の愛を選ぶ。迷いを捨てて夫の腕をとり真っ直ぐに彼を見つめる彼女の目には一点の曇りもない。なんて素敵な女性だろう。
このドラマだけでも確かに素晴らしいのだが、やはりこの映画は「物語」の枠に収まらないもっと大きなものを感じるし、そこを感じてほしいと言われているように思えてならない。人間も自然もすべてを包含する世界があることの不思議と、そこに生かされていることの奇跡…。上手く表現できないが、時間的にも空間的にも途方もない大きな存在があり、この映画はその世界の断片をすくいとって見せてくれた感がある。一つとして駄ショット(?)がないと思えるほど美しい画(え)と、この言い方が適切か分からないが緻密に計算された編集によるフィルムの“息遣い”、これらを味わうように受けとめることで、自分自身も世界に抱かれる。何よりもラスト・カット。風に揺れる大樹の枝葉をカメラは息をひそめるようにして見上げている。彼女の物語は幕を閉じたが、世界は今もなお、ここに、こうして、在る。そう語りかけられた気がして、涙がこぼれた。
こんな映画にはそうそう出会えないと思う。