1.《ネタバレ》 マイケル・マンと言えば昔気質の職人的な犯罪者の描写を得意とする、というかその手のキャラクターしか扱えない監督であるにも関わらず、本作では遠隔操作での戦いが見せ場のハッカー映画を撮るという大冒険をしていますが、結果は「やべ、俺向いてねぇわ」という監督の脂汗が見えてきそうな映画になっています。
内容は支離滅裂。とはいえ元からこれだけおかしい企画が通ったとは思えず、そもそもはちゃんとした内容だったが、監督が素材を扱いきれなくなったことから突貫での書き換え作業が始まってメチャクチャになったのではないかと推測します。つっこみどころがあまりに多いため、以下に箇条書き。
・囚人ハッカーに捜査協力を依頼するなら、レクター博士みたいに鉄格子の向こう側で作業させればいいのでは。なんでわざわざ現場に出すの。
・FBIは、囚人ハッカーと中国から送り込まれた女プログラマーに国内捜査をほぼお任せ状態で、彼らに対してロクに監視も付けない
・NSAは、いま時うちの母親でも騙されないようなフィッシング詐欺に引っかかって極秘扱いのスーパーコンピューターを不正使用される
・香港にスリーマイル島と同じ型の原発がある。アメリカ人がイメージする原発は須らくあの形なんでしょうか。
・中国政府は、原発事故の現場に外国人の囚人ハッカーを出入りさせて、状況を丁寧にレクチャー。原子炉の管制室に入って極秘情報がたっぷり詰まったサーバーを回収するという作業まで外国人にお任せする。
・テロリストの行動が、そもそもの目的と一致していない。インドネシアの錫鉱山を水没させる計画の予行演習で中国の原発をメルトダウンさせようとか、どういう判断基準してるの。普通逆でしょ。
・そもそも金儲けが目的なら全世界の証券取引所をハッキングし、目立たぬよう広く薄く稼げばいいのでは。アメリカ政府と中国政府を同時に怒らせるという、地球上で最大のリスクをとった理由が分からない(一応、敵ハッカーにはドでかい事件を起こして世界に存在をアピールしたいという個人目標があったようなのですが、そんなものに付き合ってリスクを冒すテロ集団なんていないでしょ)。
・テロリスト、市街地で銃撃ちすぎ。対戦車ロケットランチャーまで持ち出すし、香港は無法地帯か。これではテロ捜査関係なく、地元警察に普通に逮捕されるでしょ。
・米中双方の捜査官が全滅した後、なぜか犯罪捜査に関してはド素人の囚人ハッカーとプログラマーカップルが勝手に捜査を引き継ぐ。両国の捜査機関に駆け込んで事情を説明する方が早くて確実なのでは?捜査官が殺された以上、捜査機関も真剣に動くし。
・お尋ね者の囚人ハッカーが、捜査機関からのバックアップもなしに簡単に入出国する
・戦闘については素人のはずの囚人ハッカーが異常に強い。銃を持った複数人のテロリスト相手にドライバー一本で勝利してしまうという、どこのジェイソン・ボーンですかという大活躍。
主人公が囚人であることと、ハッカーであることという企画の骨子部分が製作途中で邪魔になったのか、普通のFBI捜査官を主人公にしてしまった方がスッキリしたのではという仕上がりに落ち着いたことはマズかったと思います。また、米中が共同で捜査をするという設定をとった以上、相容れぬ立場にある者同士の確執や、捜査の壁等も織り込むべきだったと思うのですが、中国政府の製作協力を取り付けたいという事情でもあったのか、劇中の中国当局がとにかく物分りがよくて何にでも快く応じてくれるため、本来あるべき展開がスッポリと抜けてしまっています。これではアメリカ国内に舞台を限定しても、同様の作品ができてしまいます。
確かに『コラテラル』にだっておかしな点は多くありましたが、あの映画は男の寓話であり、設定の整合性やリアリティを多少犠牲にしてでも語りたいドラマがちゃんと見えたので、一本の映画として評価できました。しかし本作には、そういったものすらありません。一応はアメリカ人ハッカーと中国人プログラマーのロマンスが作品の要になっている様子なのですが、二人がどうやって惹かれあったのかが不明確で、いきなり関係がスタートするため、感情移入は難しいものになっています。結果、ちょっと長めの上映時間で、ありえない話を延々と見せられる。これはしんどかったですね。