2.《ネタバレ》 テーマや設定は悪くはないが、あまりにも発想力、アイディアが欠如している。高額な制作費を掛けた割には、その費用に見合った内容には仕上がっていない。スケールの大きさではなく、もっとアイディアに金を掛けるべきだろう。金を掛ける部分が間違っているのではないか。
特に、主要メンバー2人が「瀕死の重傷を負った敵に背後から攻撃される」という同じような展開をみせられると、さすがに悲しくなる。
女性の方はあの描き方でも悪くはないが、男性の方はもっと派手に散らすべきだろう。
意味のある死に方を描けないようでは、質の高い作品とはいえない。
なんのために存在するのか分からないようなキャラクターが多すぎる。
また、通称“ゴッド”のあっけない最期と、ハリウッド的ハッピーエンドに至るラストが非常に不味い仕上がりとなっている。
“ゴッド”とのやり取りにはもう工夫必要だろう。あまりにもあっけなさ過ぎる。
例えば、“ゴッド”が奇術的なチカラを用いて、反乱を鎮めて、交渉を持ち掛けようとするが、そのイカサマトリックに主人公が気付いて、“ゴッド”の神格性を否定して倒すといった展開の方が面白いのではないか。
今では常識になっていることだが、当時では理解不能なことを利用して民衆を統治していたといったことを紹介することもできるだろう。
訳もなく交渉に賛同しておきながら、いきなり狂ったように槍を投げ付けるなど、あまりにも発想が貧困すぎる。
ハリウッド的ハッピーエンドもあまりにも強引過ぎて苦笑するしかない。
巫母が苦しむ姿が何度も出てきて、ウザイと思っていたが、まさかこんなことのために引っ張っているとは思わなかった。
強引に生き返らせるのではなく、サーベルタイガーかマナク(マンモス)が身代わりになるとか、ティクティクか主人公の父親が身代わりになるとかもっと膨らますことはできたはずだ。
そもそも、マナク(マンモス)を暴走させるだけで、反乱がほぼ成功するというのも、あまりにも敵側をナメ過ぎではないか。
実は、主人公の父親が生きていて、反乱の準備を着々と進めていた矢先といったような展開に持っていった方がよりスムーズだろう。
そして、息子のために、自分の身を犠牲にした方がストーリーとしては引き締まったはずだ。
今後はローランド・エメリッヒは監督に専念して、脚本は他に任せた方がいいだろう。
彼には作家性はないのではないか。