2.《ネタバレ》 森田監督の追悼放送で鑑賞。2回目である。不思議な映画で、特になにも言っていない。日常会話にちょっと捻りを効かせた程度のシナリオ。でもそれが狙いだったことは明白。タイトルから主語を外しているのは、そこに明確な形を持たないものを入れる為だと思う。たとえば本作の製作年度。「1981年の・ようなもの」と言われ、当時を思い浮かべると、なんとなく頷ける。あるいは「青春の・ようなもの」とか。高度成長が終わりを告げ、80年代に入った初頭の空気感の・ようなものは伝えていると思う。これが面白いかと問われると、現代の視線からはさほどでもないのだけど、例えば「青春の蹉跌」に見られたような気だるい青春像から一歩進んだ時代を象徴していた作品だと思う。それを映像化した森田氏は、時代を代表する旗手になる勢いを確かに持っていた。「ナウい」だとか「ラビット関根」とか、ちょっと気恥ずかしくなる言葉やネーミングに当時を思い出す。それにしても、秋吉久美子の可愛いさに改めて驚いた。