3.《ネタバレ》 分かるようでイマイチ分からないところもある映画。
本作の少年にそれほど感情移入できなかったので、個人的には高くは評価しにくい。
田中裕子に惹かれるかどうかでも感想が異なりそうだ。
少年(印刷会社社長)の犯行であることは一目瞭然なので、なぜ彼が人間を殺さざるを得なかったのかという犯行の動機がポイントなるが、それが明瞭になっても、それほど深くは感じ入れなかった。
犯行の動機は、“男”としての性や優劣競争のようなものだろうか。
「俺はこんな奴に負けたわけじゃない」「オマエのせいで俺の・・・」という思いや憤りが爆発したのだろうか。
自分の母親も叔父さんに取られたようなことになっており、“男”として敗北感や“子ども”という無力感が既に根付いていたのかもしれない。
少年も若いなりに“男”が爆発したが、本作の監督も“男”として爆発し、田中裕子をそういった視点から上手く撮っている。
それにきちんと応えている田中裕子を褒めるべきかもしれないが。
ただ、天城のシーンはよく撮れているが、現代のシーンは評価できるものでもない(最後の意味不明なところもあるカットも興ざめ)。
コントメイクの老刑事とのやり取りも何かを感じ取れるものはない。
結局、ハナも無罪となったものの、病気で死んだというのもやや引っ掛かるところだ。
ハナが無罪となっては、彼が犯した“罪”の重さも変わってくる。
時効によって罪は消えるかもしれないが、罪の意識は消えることはないはず、ましてや他人(好きな女性ならばなおさら)に罪を押し付けるということはどれだけ心に深く刻まれるかということをもうちょっとアピールして欲しいところ。
そのためにも、無罪や病死というのはいかがなものか。
そもそも彼女が無罪となったら、少年にも嫌疑が掛かるものではないか。
彼女が罪を被れば、少年が罰せられなかった理由は分かる。
しかし、彼女の言動に何か引っ掛かるところがあり、引退した刑事が最後に犯人と向き合うという形にした方がよいかもしれない。
刑事自身も自分が犯した“罪”と向き合ってもよい。
彼も“男”として初めて向き合った殺人事件を解決したい、“男”として“女”になめられたくないという思いがあったのかもしれない。