2.《ネタバレ》 日本人から見たら全く違いのわからないギリシャ人とトルコ人の問題で「楽園」から追放された少年の回想物語。
ええと、ギリシャ人が住んでいたキプロス島にオスマントルコ帝国が侵攻して、オスマンが崩壊したあとはイギリスが植民地にして、戦後は独立したが人口の多いギリシャ人と少ないトルコ人の間がうまくゆかず(宗教が違うし)、ギリシャ人の政府がトルコ人を迫害したためトルコ本国が怒り…ああややこしいったら。
というような事情が、ファニス少年を「楽園」イスタンブールから追い出したのです。ファニスのその後の人生は「楽園落ち」として営まれていくのだ。本人がそのように自覚していたのだからして。
ファニスが成人しても長らくイスタンブールを訪れなかったのは怖かったからです。自分の記憶の中にある「楽園」がこわれて違うものになっているのではないか。もしかして初恋の少女に恋人が居たり、結婚していたりするのではないか(その方が普通だろ)。ファニスは「内なるイスタンブール」を守るためにイスタンブールに行くことができない。
が、おじいさんの死でイスタンブールを訪れたファニスは、恐れていた「初恋の少女の結婚」を知るけれど、別居しているということで「自分の居場所があるかも=楽園はまだ自分を拒否していないかも」といっぺんに浮かれてしまう。この時点でファニスはまだ「楽園落ち」の世界を生きている。
けれど彼女が夫の元に戻り、去って行ったときはじめてファニスの「楽園落ちワールド」が終わって夢から覚めた。という話だと思う。
さておじいさんがギリシャのファニス一家をいっこうに訪れてくれなかった理由、私はこう思う。
おじいさんは少年ファニスにとってまるで魔法使いのようだった。スパイスや料理をネタに周りの人を巧妙に操ったりする。子供にとっては魔法使いそのものだ。
しかしおじいさんの魔力は、イスタンブールの街及びあの店と屋根裏という装置とセットだったのだ。
ギリシャに来たら、おじいさんの魔力は発揮できない。彼は普通の老いぼれだ。おじいさんはそんな自分を孫に見せたくない、昔のイメージを守りたかった。
おかげでファニスの記憶には、魔力にあふれた活気あるおじいさんだけが残った。
なにかこう、「男のセンチメンタル」全開な話だが最後は「女のリアリズム」で終わったなあ。トルコやギリシャの食文化へのこだわりは一見の価値があるかも。