1.まさに芸術の原動力は抑圧と衝動。思想の抑圧は反動の力を生み、精彩に乏しい環境は色彩に対する希求を生む。どのシーンを切り取っても一枚の絵画として鑑賞に堪え得るだけの芸術性を備えているのは凄い。象徴的な一枚画の羅列であり、もはや通常の映画としての評価は出来ない。
ただ、普通の娯楽映画の鑑賞法で見るべき作品ではないのは当然としても、世間的に評価されているように「色彩の洪水」だとか、「視覚芸術の最高峰」などと大絶賛されているほどに超絶的な傑作とは思えなかったのも事実。今まで見た事も無いような凄まじいまでの色彩表現を期待していたので、むしろ抑え気味の表現内容だったのは、期待し過ぎた事を差し引いてもかなり拍子抜けさせられた。少なくとも「色彩の洪水」はオーバー。
「独特な画面構成」と言われているものも、元々この作品のコンセプトとしてカメラワークという概念を必要としていないからであり、一枚画の写真撮影のように登場人物たちがカメラの方を向いてじっとしているというパターンが多いので、はっきり言って見ていて退屈だった。
「宗教的な装飾美」が基本としてあり、背景色は抑え気味にし、象徴的な意味合いを持たせたい対象の色彩や動きを強調するというパターンが多いので印象的な画として残りやすいのだろう。もちろん時代や国柄を考えれば、他にあまり影響を受けるものが無い環境でありながら、これだけの内的世界を鮮烈な映像として構築したというのは間違い無く稀有な感性だとは思うが、色々な意味で腐るほどの多種多様な演出と表現に満ち満ちた日本の漫画やアニメを見慣れた目からすると、やはり視覚的なデザインや画面構成、ストーリー展開の衝撃という点では、どうしても物足りなさを感じるというのが偽らざる感想(私は大真面目に日本の漫画やアニメはあらゆる芸術のエッセンスを取り込んだ「総合芸術」だと思っているので)。
サヤト・ノヴァという詩人の生涯を映像化したといっても、この人の詩を読んだ事も無ければ、どういう人物かも知らないから感情移入もしにくいし、彼の詩的世界をどれだけ的確に映像化しているのかも判断し兼ねる。
まあ、何か表現に携わる人間なら一度は見ておいて損の無い作品である事は間違い無いが、一般人に薦められるような作品とは言い難い。何事も期待し過ぎてはいけないという哲学を込めて、この点数で。