1.《ネタバレ》 原作(和訳)は既読。最も好きな小説のひとつで何度も読んだ。「原作を読んでいなかったら…」という仮定ができないほど、のめり込んだ小説だ。どうしても原作と映画を比較してしまうため、この点数だが、初見だったらもっと高い点をつけられるかもしれない。
「運命を受け入れ、その中で精一杯生きていくこと」が、この作品のテーマだ。青年でありながら、長くは生きられない残酷な宿命のために、老成した考え方やものの見方を強いられ、次第にそれを受け入れていく3人の人生の軌跡は儚く、脆く、そして美しい。波乱も少なく、静かに物語が進んでいくだけに、余計に彼らの切実な感情が胸に迫る。
映画はこの原作の静謐な雰囲気をかなり忠実に受け継いでおり、そこは評価できる。タイトルや章が変わる際のダルトーンの背景色はとてもしっくり来たし、ヘールシャムやコテージの雰囲気も想像通りだった。主役の3人の演技も素晴らしく、皆原作をよく理解して芝居をしているなと感心した。特にトミー役のアンドリュー・ガーフィールドははまり役だと思う。
一方で残念だったのは原作の繊細な心理描写までは映像化できていないこと。これは媒体の違いということで目をつぶるしかない点かもしれないのだが、やはり原作のファンとしては減点せざるを得ないポイントだ。蝋燭の炎が微かに揺れるくらいのほんの僅かな心の揺れがひしひしと伝わってくる原作にはとても及ばない。いくつかのエピソードが省略されていたり、内容が分かり易く改変されていたのは、映画化というハードルを越える上で仕方がない措置とはいえ残念だ。
特にキャシーとルースの複雑な“親友関係”がこの映画では描けておらず、トミーとの三角関係においてルースに非があるような印象を観客に与える脚本になってしまっているのがいただけない。ルースは「愛されたい」タイプの人間であり、それは決して間違ったことではない。トミーとルースの関係は一種の補完関係になっていたし、二人が結ばれるのは運命だったのだと僕は思う。その上で、キャシーとトミーが自分達の愛こそ真の愛だと信じる(信じ込もうとする)ことが健気で、深く心を打つのである。
願わくば原作を読む前に観たかった。この映画を観ることで、より多くの人が原作を手にとるきっかけになれば良いと思う。