2.《ネタバレ》 イラク戦争後に暴露されたフセイン一族の悪行三昧は戦勝国によるネガティブ・キャンペーンである可能性を否定できないし、おまけにこの原作を書いたのは亡命中のラティフ本人なので内容の客観性にも疑義があり、実話という触れ込みの本作についても話半分のつもりで鑑賞したのですが、それでも映画としては面白く仕上がっています。後述の通り脚本にはアラがあるのですが、安定した演出によってドラマとしてもサスペンスとしてもアクションとしてもそれなりにまとめられているのです。本作の演出を担当したのはリー・タマホリ。『007/ダイ・アナザー・デイ』を大ヒットさせたものの、続く『トリプルX/ネクストレベル』と『NEXT』が連続して失敗し、おまけに女装姿で売春(買春ではない)しているところを囮捜査官に逮捕されるという前代未聞のスキャンダルによってハリウッドから干された人物なのですが、ヨーロッパ資本を得ての5年ぶりの監督復帰作にして、相変わらず水準以上の腕前を披露しています。主演のドミニク・クーパーの演技も素晴らしく、観客が一目で判別できる程の高いレベルでウダイとラティフを演じ分けています。なぜ彼が、いかなる演技賞をも受賞できなかったのかと不思議になる程です。。。
問題があるのは脚本で、無難にまとめられてはいるものの、焦点を当てるべき対象を間違えたために意図した物語にはなりえていません。脚本家が夢中になったのはウダイによる悪行の数々なのですが、この物語の主人公はウダイではなくラティフです。掘り下げるべきはラティフの苦悩だったはずなのに、これが意外と適当に流されています。例えば、家族に危害が及ぶからと影武者役を渋々引き受けていたラティフが、家族を見捨ててでも国外へ逃げようと決意した心変わりの背景の描き込みが不足しているのですが、このために後半の展開に感情移入できないという事態が発生しています。一度は国外へ逃亡したラティフが復讐のためにイラクへ戻るという展開にしても、ラティフの心情の描き込みが不足しているために作り手が意図した程のカタルシスを観客に与えるに至っていません。