1.《ネタバレ》 原題のBinaは建物とかビルの意味、英題はアンテナであってそれぞれ別の所に着目しているが、日本向けには「電波」で正解かも知れない。
ホラー映画というより社会派映画のようで、同時期の「返校 言葉が消えた日」(2019)を思わせる。世評などでは現在のトルコで進む情報統制に直接関連付ける傾向もあるが、この映画はトルコで2つの映画祭に出品されて一般公開もされているので、この映画自体は特に弾圧されてはいないようである。監督インタビューによれば、この映画での政府とメディアの関係は、現代の先進国では企業とメディアの間でも生じているとのことだったので、あまり批判対象を限定せず、なるべく広い視野で見ることが求められているらしい。
疑問点として、この映画に出るのがテレビ・ラジオ・新聞といったオールドメディアだけで、いわば古典的な情報統制のイメージなのはなぜかということがある。現実のトルコ政府が問題視しているのは主にソーシャルメディアだろうが、インターネットやモバイル通信が全く出ないのでは現代に通じる問題として受け取りにくい。しかしこれは逆に、現代の具体的な問題提起というより一般論として警鐘を鳴らす体にするために、あえてジョージ・オーウェルを思わせる時代がかった世界にしたと取るのが普通かも知れない。これも同時期の「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(2019)に通じるものがあり、世界的に同時並行で全体主義への恐怖が語られていたことになる。
内容に関して、見た目としてはホラーっぽいところもあるが、超常現象というより実在の脅威を象徴的に映像化したダークファンタジーのようである。個々の場面がいちいち長いが、台詞はあるので話の意味は大体わかる。冗長ではないかと思いながらも、「深夜公報」への期待感もあって一応見ていられた(期待外れだったが)。黒液体にはこれからの社会に適合しない者を排除する機能が備わっていたようで、毎日外で働いて美容に気を使う単身女性や、いわゆる家父長制的な支配に抵抗する女性が排除されていたのは実際の現地事情の反映と思われる。
映像面では、寒々しい風景や特徴的な構図や突然の異界感など、どこかで見たようなものもあるが悪くない。テレビモニターなど古くさい表現に見えるところがあるのも「1984年」のような雰囲気を出すためかと思っておく。映像的には結構印象のいい映画だった。