7.《ネタバレ》 ベン・アフレックは一度も人間を撃っていない。
”バイオレンスの詩人”ジョン・ウー、「ソルジャー・ドッグス」で人肉を食っていた頃を思えばまさに信じられない。
「ウインドトーカーズ」の大コケ(興行面)がよっぽど響いたのだろうか、まさかこんな映画を彼が撮ろうとは。
消された3年間も気になったが、ジョン・ウーのここ数年間が気になってしまう。
ジョン・ウーがフィリップ・K・ディック原作のSF映画を撮る、と知ったのは1年ぐらい前、正直不安だった。
ジョン・ウー監督のファンとして彼に求めるのは仁義であり友情。
「ワイルド・ブリッド」の暑苦しさ120%のドラマ、「ハードボイルド」の様式美、そんな血と銃撃のファンタジーが見たいのである。
ヒッチコック的なサスペンス、と聞いて胸が震えることは無かった。
そして不安を胸に抱いたまま、小さい期待で鑑賞。
薄味のバイオレンスに驚かされ、仁義も見られない。
たがしかし、進むにつれて思い始める。
楽しい。
そしてこれは、ハリウッド娯楽作品の楽しさである。
テンポ良いストーリー展開、適度なアクション、どこまでも明るいハッピーエンド。
ブラッカイマーの映画みたいだ。ジョン・ウーが魅力的なストーリーを見事にまとめきっている。
確かにこの映画には「フェイス/オフ」を見た時の、胸を打ち抜く感動は無い。
「M:I-2」の、エアガンを握ってハントの真似をしたくなる格好良さも無い。
主人公も悪役もジョン・ウー映画史上最もカッコ悪い。
「男たちの挽歌」を150キロの直球だとすれば、「ペイチェック」はカウント稼ぎのチェンジアップかもしれない。
しかしこの力の抜け具合が、小慣れた”巧さ”がたまらなく心地よくもあるのだ。
考えてみれば「狼たちの絆」のように、ジョン・ウーはドロドロのドラマだけを撮ってきた訳ではない。
監督を”男の物語”という観客の勝手な価値観の枠に収めてしまう、これは余りにももったいない事ではないか。
調べたところ、監督の次回作はニコラス・ケイジとチョウ・ユンファの共演作。今度は男のドラマが見れそうだ。
”巧さ”を手にしたジョン・ウーが「狼」を超える最高傑作を見せてくれる、そんな楽しみな”未来”も見せてくれたこの「ペイチェック」、けっして悪くないぞ。 蛇足:なんで記憶が俯瞰視点なんだろう?