3.《ネタバレ》 2012年、全世界に10億人以上の信徒を有するカトリック教会は揺れていた。資金洗浄や聖職者による信者への性的虐待などスキャンダルが相次いで発覚したのだ。教会の頂点に位置するローマ教皇ベネディクト16世は、事態を打開するため異例ともいえる決断をする。それは、生前退位――。数百年に及ぶカトリックの歴史の中でも前代未聞の異例の事態だった。密かに呼び寄せられたアルゼンチンのベルゴリオ枢機卿は、ローマ教皇のその決断に断固として反対の立場を表明する。誰も居ないバチカンの密室で今後のことについて話し合う二人。すると、いつしかベルゴリオ枢機卿の心に過去の思い出が交錯しはじめる。神父になると決意した若かりし日々、当時付き合っていた恋人との哀しい別れ、常に神の存在を身近に感じていた聖職者としての人生、そして軍事独裁政権下の過去に犯した自らの過ち……。お互いの思いを述べあううちに、枢機卿はローマ教皇の本当の真意を知ることに。実話を基に、生前退位と言う前代未聞の決断を下したベネディクト16世と彼の跡を引き継ぐことになる後のフランシスコ教皇を描いた対話劇。監督は『シティ・オブ・ゴッド』や『ナイロビの蜂』などで貧困に喘ぐ第三世界の真実を見つめ続けるフェルナンド・メイレレス。実在した二人のローマ教皇を貫禄たっぷりに演じるのは名優、アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライス。正直、この二人の爺さんの宗教的な話し合いが延々と続くという、おおよそ面白くならなさそうな題材なのに、最後までちゃんと興味深く観られたのは、この二人の演技力による部分が大きい。健康に気を遣って万歩計を手放せなかったり、過去の確執から最初は一緒に食事をしなかったり、お互いの趣味を薦め合ったり、最後はピザ片手に一緒にサッカーを観て盛り上がる…。おおよそ宗教家らしくないそんな二人の人間的な部分に思わずほっこりしちゃいました。いくらローマ教皇でも、プライベートはそこらの定年退職した親父と大して変わらないんですね(笑)。二人揃ってアカデミー賞ノミネートも納得です。また、二人の対話劇の背景となる、バチカンの壮大な建物や美麗な装飾品の数々も歴史と伝統を感じさせて見ていて飽きさせません。そして後半、この枢機卿が過去に犯した過ち――軍部に目をつけられた信徒を救えなかったという事実に目を向ける視点はいかにもメイレレス監督らしい。歴史の巨大なうねりの陰には、常に名もなき人々の犠牲がある――。そんな普遍的な事実を改めて考えさせられる、ヒューマン・ドラマの秀作でありました。