4. 足元で跳ねる水音が気に障る。ウレタンの靴底が規則正しく叩き付ける足先は、速いリズムで雨を背中に跳ね上げて僕を汚していく。頬から伝うしずくは次々と落ちていくけれど、いくら流れても、いくら拭っても、尽きなかった。
霧雨が夕方になって降り始めて、彼女の迎えに傘は必要だろうかと考えたけれど、他愛のない話をしながら雨宿りすれば良いと、持って行くのを止めた。
その後、駅で待ち続ける僕の前に彼女は来なかった。大げさに短く切りそろえた前髪の彼女は連絡もよこさずに僕を待ちぼうけさせた。30分だけまってから、いつもの喫茶店に入って紙コップに入った甘いコーヒーを飲み、ぼんやり過ごした。小一時間経ったあたりで何の連絡も無く待ち合わせをすっぽかした彼女にどう言ったクレームを刺そうかと考え始めたけど、実はそんなに怒っていない自分に気づいてからは同情を惹くセリフしか浮かんでこなかった。
いくら待ってももう来ないだろうなと、諦めが付いた頃携帯電話が鳴った。液晶に書かれた名前に違和感を感じた。何か嫌な予感が心を撫でたがそれをしっかりと認識する前に通話ボタンを指でなぞった。
「妹が急に顔色悪くして、病院に今運んできたの。病院はあなたたちの学校の近くの総合病院だけど、すぐに」
と言いかけた段階で意識が急に狭まった。霧雨から強い雨に変わった商店街を走り抜けて学校の実験棟を目印に病院に走った。雨に濡れた携帯電話はもう通話が途切れて、詳しい話を聞いておかなかった過ちを駅に置き去りにしていた。
紛争地域から逃げてきたかのような僕の姿を見た病院の職員は、どうしたんですかなどと忙しなくきいてくるけど、僕の彼女の名前を告げるとすぐに黙ってしまった。涙が止まらない。若くは無い看護師さんが僕にタオルを渡してくれて、待合所の様なベンチの群れの中の一人に手の平を向けると彼女だよね、と聞いてきた。その女の子は僕に気づくと走り寄ってきて事情が飲み込めていない僕にこう言った。
「いやー、盲腸でさぁ死ぬかと思ったけど薬で散らせたんだよ。残念だけどパイパンじゃないからねー」
ずぶ濡れの僕の顔についているのが水だけではないことに気づくと更にこう言うのだった。
「君、いったい誰からどういう連絡を受けたらそうなるんだ。急な話は最後まで聞くように」
と、言う位絶望的におっちょこちょいな映画だった。嫌いでは無い。