2.《ネタバレ》 フランソワ・トリュフォー監督の「緑色の部屋」は、後ろ向きの人生まっしぐらの男の物語です。
かつて観た「海の上のピアニスト」の主人公に共感できなかったように、この映画の主人公ジュリアン・ダヴェンヌ(フランソワ・トリュフォー)にも全く共感できませんでした。
ある意味、非常にグロテスクな映画だと言えます。彼は死者しか愛せないのです。もちろん、死体愛好者ではなく、死んだ人が全く忘れられないということなのです。
そして、この映画はホラー映画でもサスペンス映画でもありません。ある異常な男の人生ドラマです。
人間は誰でもいずれは死にますが、かといって死ぬために生まれてきたわけではなく、生きるために生れてきた存在のはずです。
最愛の人を亡くせば、絶望のどん底にたたき落とされるのはよくわかります。
配偶者や恋人や両親や子供を亡くしたことのある人なら、誰でも経験することです。
しばらくは頭も真っ白になったり、呆然としたり、死にたくなるほど落ち込みますが、ごく普通の人なら、そのうち時が経てば心も落ち着いてくるものです。
親しい人の死の悲しみを乗り越え、自分の「生」も取り戻すことができるのです。
ところが、この映画のダヴェンヌはそうではないのです。
新婚時代に妻を亡くした彼は、ずっと妻を想い、妻の遺品に囲まれた部屋で時を過ごしたり、頻繁に墓参りに行ったり、別の土地でのいい仕事の話しがあっても断ったり-----。
彼は新聞社で死亡記事を書くことが仕事で、死亡記事を書かせたら、彼の右に出る者がいません。まさに彼の生活の中心は「死者」なのです。
この違和感満点の陰気な男を、フランソワ・トリュフォーは実に見事に演じています。
脚本もトリュフォー自身が書き、当然のことながら監督もし、彼自身が主演もしているという入れ込みようです。
そして、もう一点、見事なのはカメラワークです。
ほの暗い空間に無数に灯されたロウソクの光が幻想的で美しく、壁に貼られた数々の死者の写真が思い切り辛気くさく、なんとも言えない怖さが伝わってきます。
この主人公には全く共感できないのですが、映画としては傑作だと思います。
この何とも言えない"妖しい雰囲気"には、観ていてゾクゾクしました。
死者を想い続ける主人公の妄執は、とにかく陰鬱なのですが、考えてみれば、確かに世の中にはきっとこういう人もいるだろうなと思わせられます。
ダヴェンヌの前に現われるセシリア(ナタリー・バイ)という美しい女性との関わり合いも、とても切なくて印象的でした。
これからも、トリュフォー作品をこまめに観ていきたいと思っています。