1.《ネタバレ》 伴淳が女のもとへ、ほかの用事にかこつけながら出かけようとし、それを周囲がからかう場なぞ「寅」で何度も見ることになるシーン。「今日も待ち人来たらずか」のせりふは、やがてタコ社長によって反復される。実質の主人公である有島一郎の、想いを秘めながらひたすら倍賞へ尽くす姿は、そのままインテリの寅さんのようでもあるし、また寅シリーズによく登場する口下手なインテリそのものでもある。これ、寅が始まる2年前の作品。人生で後悔したくない、後悔させたくない、という互いの想いが、ややこしく絡み合ってしまう恋人たちの物語。その背景となる瀬戸内海の島は、若者を閉じ込める拘束場所だが、ユートピアにもなっている。おそらく現実の地方暮らしだったら、娘が父なし子を出産したらこう温かくは見守られず、どろりとした非難の眼差しも少なからず向けられるだろう。そうしていたたまれず大阪に逃げていくという話になる。でもこの映画では地元の人々に祝福されての出発へと話を展開させることで、故郷というものが無垢のままに保存された。そうである世界から、そうであってほしい世界をひねり出していくのが、山田洋次の基本姿勢と言えるかも知れない。