6.《ネタバレ》 この作品にはいくつかの疑問点を感じますが、最大の疑問点は、おそらく皆さんと同じく「ラッセル・クロウはどうしてこんなに太っちゃったんだろう」と。この疑問に比べれば、他の疑問点なんておよそ、些細なもんです。
むしろ、疑問点が少なすぎることこそが、問題なのかも知れませぬ。青信号で動かない前のクルマに対しクラクションを鳴らしたら、そのクルマの運転手にひたすらつけ狙われる、という、基本的には、理不尽で不条理なサスペンス。『激突!』を思い出したりもすれば、『ヒッチャー(1986年)』を思い出したりもするのですが、これらと同じような映画をまた作るモノマネには陥るまい、ということなのか、違う趣向でアプローチしてきています。で、その一環として、不条理さも極力、排除する。もともと土台が不条理な世界なのに、何とかそれを理屈で補おうとする。
どう考えてもこの題材で映画が面白くならない訳がない、と思っちゃうし、現に、それなりに面白くそれなりに楽しめるんですけど、しかし、この不条理さを何とか糊塗しようとする理屈、「説明」めいたものが、やや映画を失速させてしまいます。
まず冒頭から、くだんの男が凶暴でアブナイヤツであること、が示され、これ自体は必ずしも悪くないと思います。で、寝坊した上に渋滞に巻き込まれイライラした主人公が、前のクルマに対し盛大にクラクションを鳴らしてしまう。もちろん運転席には例の男、我々は「ああ、やっちまったな」と思う。こちらのクルマの窓が不調で閉まらなかったり、男を見るなと言われても主人公の息子がつい相手を見たり、という我々のイライラ感を誘う演出にも事欠かず、この辺りもいいと思う。
ですけど、主人公がスマホにロックをかけていない、などという設定を持ち出すあたりは、これ、いかにも「伏線でございます」といった感じ。この伏線を突破口に、例の男は奇蹟のごとき聡明さをもって先回りし、主人公を追い詰める。狡猾、ってのとも違いますね。聡明と言って悪ければ、奇跡のような勘の良さ。こんな冴えないオッサンがここまでする訳ないでしょ、という不条理感はどうやったって避けられず、この作品の「説明」の部分との間が、チグハグで中途半端なものになってしまいます。
男が主人公を追い詰める手段の「説明」はこれで何とかできたとして、次の問題は、どうやって主人公が警察に駆け込むことを物語の上で阻止するか。警察に保護されてしまっては、物語が終わってしまいかねない訳で、これも何かと手を打ってきますが、何よりもまず、主人公にそのヒマを与えないくらい速く、物語を動かすこと。この辺りは、この作品、微妙なバランスを保ちつつ突っ走って行って、割と成功しているような。
派手なクラッシュシーンを挿入して見せるのなども、そういうバランスに一役買っています。
ただ、主人公とその息子が何やら作戦めいた会話を始めると、ああまた「説明」が始まったな、と、失速してしまい、どうもいただけない。さらに、クライマックスこそサスペンスの見せ場、追い詰められた挙句に男と格闘する母子と、駆けつけるパトカーの姿とを交互に描いて盛り上げるのですが、女性と少年がこの大男にこれだけコテンパンに叩きのめされて無事である訳がなく、それでも男に遮二無二向かって行く様は、勇敢とか何とか言うより、単なる意匠に過ぎない暴力を形だけ見せられているような気がしてきて。
と、まあ、「面白くないはずがない」という作品なもんで、気になる部分にはついケチも付けたくなるのですが、「それでも結構、楽しんでたくせに、そりゃ無いでしょ」という気が自分でもしてきたので、点は甘めに。これはいつものことか。