6.《ネタバレ》 主演のアラン・ドロン。個人的には世界一美しい俳優だと思っています。その翳りを帯びた暗い表情の中に見せる刹那的な狂気と死の匂い、そして冷酷さとニヒリズム------。彼の素晴らしさは例えようもありません。俳優に陽と陰のタイプがあるとすれば、まさしく彼は陰のタイプ。そのため、彼はジャン・ピエール・メルヴィル監督と組んだ「サムライ」「仁義」などのフィルム・ノワールの世界でのストイックなムードがよく似合いますし、ジョセフ・ロージー監督と組んだ「パリの灯は遠く」「暗殺者のメロディ」でのクールで死の匂いを漂わせるムードも素晴らしい。
この「フリック・ストーリー」は、彼の盟友とも言うべき、また一部では彼の御用監督とも揶揄されているジャック・ドレー監督が撮った映画ですが、アラン・ドロンという俳優は、本質的に犯罪者、アウトローの役がよく似合うのですが、この作品は彼がフランスでミリオン・セラーとなったロジェ・ボルニッシュという元刑事が書いた自伝的な実録小説に惚れ込み、敏腕プロデューサーでもある彼が映画化権を買って製作した作品なんですね。
だから、ロジェ・ボルニッシュという人間に惚れ込み、シンパシーを感じたこの刑事役を、どうしてもやりたかったんでしょうね。確か、この時点で刑事役を演じるのは「リスボン特急」以来ではなかったかと思います。それほど、彼の刑事役は珍しいんですね。
そのため、本来であれば、彼が演じるべきだった冷酷で凶悪な犯人エミール・ビュイッソン役に名優のジャン=ルイ・トランティニャンをドロンは指名したんですね。つまり、悪役が引き立つことで、主役のドロンもその化学反応で相乗効果としてより輝いて見えるという事を知り尽くしているんでしょうね。とにかく、この映画でのトランティニャンの冷酷無比な背筋も凍るようなゾッとする犯人像は鮮烈で、法律家志望だったという彼は政治映画「Z」で製作者の一員に名を連ね、この映画の演技でカンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞している名優で、特に私の心に鮮烈な印象として残っているのは、やはり「男と女」ですね。
ドロンは相手役に「さらば友よ」でチャールズ・ブロンソン、「ボルサリーノ」でジャン・ポール・ベルモンドと競演したりと、自身の美貌をより引き出す術をよく心得ているんですね。そして、そのような大物俳優と競演する時のドロンは、相手役の俳優に必ず華を持たせて、自分は若干引いた感じの演技をするところが、またドロンの凄いところだと思いますね。
そして、この映画の最大の見どころは、やはりラストのクライマックスのシーンですね。郊外のレストランを舞台にした逮捕のシーンは、まさにピーンと張りつめた緊張感の中で繰り広げられ、意外やジャック・ドレー監督の抑制した演出が際立っていたと思います。
それにしても、1940年代のパリの街のたたずまい、クラシック調の車、トレンチコートを着た粋な男たち。フランス映画らしい雰囲気も漂わせ、何かレトロな雰囲気も味わえるんですね。このあたりは、やはりハリウッド映画とはちょっと違うフランス映画らしいエスプリ、お洒落な感覚もあり、実にいいムードなんですね。