1.学生時代につき合っていたカップルも、やがてそれぞれが別々の人生を歩むことで疎遠になってしまうのは誰しもが経験のある話。しかし、この映画の女と男の場合は、お互いに町から一歩も出ることなく、30年もの年月の間、秘め事のように相手を思い続けて暮らしているのである。そしてある日、二人はひょんな事から急接近する運命に遭遇してしまう。紅い糸で結ばれていた宿命なのか、或いは運命の悪戯なのかは分からないが、二人にはやはり縁があったということなのだろう。もちろん不倫を扱った作品でない事は明瞭で、それぞれの人生の紆余曲折が、やがて大きなうねりとなって結びついたのであり、男の妻の願望はそのきっかけに過ぎないのである。そこに女と男の出逢いの不思議さを感じさせる本作のストーリーテリングの巧さがある。家庭を持たない美奈子は、彼女なりに充実した人生を過ごしているが、痴呆老人を抱える老夫婦という身近な問題があり、また、結婚したものの余命幾ばくも無い妻を抱えた高梨には、仕事上での児童虐待問題に頭を悩ませている。共に自分たちに無いものに拘り合う事で男と女の結びつき、延いては夫婦の在り様を自分たちの現実の問題として、否応なく直視させられる。そこへ降って沸いたかの様な運命の急展開が待っていたのだが、結局思い半ばで成就しないのも、また二人の宿命なのだろうか。運命に弄ばれ長い歳月を経ての二人の決着としては、無残というよりはむしろ滑稽ですらあり、アイロニーを感じさせる。人生とはそういうものなのだろう。息を切らしながら坂道の長い階段を駆け上って行く彼女の人生は、今再び始まろうとしている。いつか(誰か好きな人と一緒に)読書する日を胸に秘めながら。その神々しいまでの田中裕子の表情が素晴らしく、女一人で生き抜いてきた精神力を感じさせる上手さは際立っている。また脇を固める演技人の充実ぶりも瞠目に値する。それだけに高梨を演じる岸部一徳には、長年思い続けられるほどの男としては、今ひとつ魅力に乏しいと言わざるを得ないのが、残念である。