3.『浮雲』では、高峰秀子と森雅之が繰り広げる皮肉の応酬に多少なりともゲンナリしてしまったが、本作は全くの正反対な作品だった。
観た後は何とも言えない、ほのぼのとした気分に浸ることができた。
ラストシーンの、香川京子が魅せる“ウィンク”に脱帽。
岡田英次の演ずる劇中の青年が羨ましい。
そして観ている私も、まるで自分が“ウィンク”されたかの様にポッとなってしまった。
自分も男として生まれた以上は、本作における香川京子の様な可憐で可愛らしい女性から、一度は“ウィンク”されたいものである。
他にも舌をペロっと出すシーンがあったりと、噂に違わず本作は“香川京子を最も可愛く映し出した作品”であった。
香川京子目的で観た本作であったが、肝心の内容の方も素晴らしかった。
『浮雲』でもそうであったが、成瀬巳喜男の映画に出てくる東京の風景はとてもリアルだ。
どこかの花町を描いているわけでもなく、どこかの豪邸を描いているわけでもない。
むしろその様なものは他の古き日本映画で観ることが可能である。
しかし、成瀬巳喜男の映画に出てくる古き良き東京は、いわば『サザエさん』の実写的様相を呈していて、庶民の生活をそのままリアルに伝えている。
街の風景もそうだし、家の中の景色もそうだ。
自分はこんな昔の東京を見たことがある訳でもないのに、何故だか懐かしい気持ちでいっぱいになってしまった。
香川京子の存在といい、こういった懐かしすぎる東京の風景といい、茶の間の景色といい、全てが感動的なまでに懐かしきベールに包まれていた。
そしてそれを観ているこっちの方も、心洗われるのだ。
『浮雲』で成瀬巳喜男に対してゲンナリしてしまった諸氏に、是非ともオススメしたい作品である。
『浮雲』も日本映画史に残る傑作だが、こちらも対極に位置する形で、成瀬巳喜男の誇る傑作中の傑作だと言って間違いないであろう。