9.《ネタバレ》 ドイツで実際に起きた殺人事件を描いたこの作品、音への拘りがとにかく凄いのと、モノクロの映像から伝わってくる恐ろしさ、例えば犯人の吹く口笛えと1番最初に殺人者が出てくる場面で少女に声をかける時も顔を一切見せずに声と影だけで見せるその映像、全てが本当に恐怖というものを観ている側に暗示させる。何でも見せれば良いというものではない。この監督さんはその辺りが最近の監督とは大きく違って、よく解っている。光と影と音の効果によって見えない恐怖を描くことで、より恐ろしい作品に仕上げている。見習うべき点が今の監督さんには沢山、あるのではないかな!作品のタイトルにもなっているMの文字の使い方も見事です。見つけた犯人の背中に「M」の文字を押し付けるといった試みによって描くことで、追う者と追われる者との戦いをスリリングに描く効果を上げている点も見逃すわけにはいきません。 【青観】さん [ビデオ(字幕)] 8点(2006-02-12 20:57:48) (良:1票) |
8.♪いつも一緒に、いーたかったあ、隣で、笑ってたかった~・・・すんません、オヤジギャグが大好きなお年頃なもんで。とゆー訳で本題。うーん、影の使い方が怖い。直接残酷なシーンを出さずに観客の想像に任せてる所とか、さすが。ただ、確かに殺人犯だけでなく、群集の恐ろしさ、心の暗部を描いているのだけれど、気のせいかあまり「まがまがしさ」みたいなものは感じなかった。どこか、冷静に人間を俯瞰して捉えているような感じがしました。よくよく考えてみると、それもある意味怖い気がする。 【ぐるぐる】さん 8点(2004-11-20 15:12:04) (笑:1票) |
7.トーキーでありながらサイレントさながらの演出がふんだんにある。中でもラングといえば影の演出。幼女連続殺人というおどろおどろしい題材に、この影の演出がいっそう効いている。そしてこのおどろおどろしい雰囲気は殺人鬼だけが醸し出しているわけではない。誰もが犯人に見える(犯人に見たてる)民衆心理、私刑に及ぼうとする群集の危険性。むしろこちらの恐怖が際立つ。子供を守るという目的がいつのまにか犯人を探すことが目的に変わり、裁くことが目的に変わる。『メトロポリス』でも書いたが、この作品ではラングの群集心理の危険性への警笛がいっそう濃く反映されているように思う。ともあれ、ただの犯人探しではないゆえに全編に異様な緊張感を持続させます。犯人が潜む部屋がどこか判明するのが”音”であるのは初トーキー作品ゆえのご愛嬌か。 【R&A】さん 8点(2004-09-22 12:04:32) (良:1票) |
6.《ネタバレ》 いや~、ド初っ端からあまりのスリラーっぷりに完全に引き込まれてしまったのですが、でも、ココなんかだってスリラーやホラーの観点からしたって、同時期のユニバーサル怪奇映画なんかと比べてもかなり異質…とゆーか私の好むトコロの現代的な「見せない」恐怖とゆーのが大いに感じられたりもしたのですよね。全編を通しても(時代相応に)ショッキングな描写に対する「制約」とゆーのはごく強力なモノとして感じ取れるのでして、暴力的・猟奇的な描写や反道徳的な展開なんかも中々描くコト自体が(そもそも)出来なかったという様に見える、その部分は当然(コレもやはり現代的な感覚からすれば)「演出の不自然さ」という印象にも繋がってくると思うのです。しかし、逆にそれ故に、全く語られない少女らの行く末を我々自身が如何ようにも惨たらしく想像し得るが為に、作中の幾つかの犯人と少女のシーンは却って実に寒々しく恐ろしいモノに見えてくる、この現象にはもはやある種の(恐怖映画としての)普遍性・不滅性が在る様にも思われますよね。そして、ソレは明らかに「監督の狙い」だ…とも(少なくとも私には)感じられるのです⇒その時点で、今今に私が観たトコロでもやはり確実にエポックメイキングな…と言うに値する傑作だと思われるのですね。 加えて、更に一つ優れていると思うのが、その映画史上に確実に残るだろう絶大な「ショッキングさ」が故に、本作にも辛うじて描くコトが許されたのであろう(極めて不埒な)終盤の「人民裁判」などといった作中の描写もろもろが、当時のドイツ社会の「歪み」という恐るべきリアルそのものをまた見事に体現している…という実に巧みな構成ですね。ココは、作中にも名前が登場するグロスマンやハールマンといった1920年代のドイツの実在のシリアルキラーについての知識が前提に無いと理解は難しいトコロかとも思われますが、おそらくこの映画は(前述した描写のまろやかさを踏まえたとしても・私なんかが現時点で観るよりも遥かに)当時の人々にとっては切実な恐怖だったのだろうと思うのです。もしかしたら、人類史上最も「本当に恐ろしい」映画のひとつだったのではねーか、とすら。だから、今作を観てのみの判断としてさえ、暢気な現代のホラー好きを自認する私の趣味の観点からとて、この時代のドイツ映画とゆーのは大いに絶対に鑑賞に値するのではないか…と一発で思わされてしまったのですね⇒そしてソレは、この時代のドイツとゆーのがまたある種、非常に高度に「狂って」いた…というコト自体を、残念ながらコレも非常に確からしい「歴史的」事実として(私も万人並みに)理解しているからだ、とでも言いますかね。なんか、全く思いがけずも実に高度なホラー的「閃き」とゆーのを勝手に拾い得てしまいました。 【Yuki2Invy】さん [DVD(字幕)] 8点(2023-10-30 22:33:21) |
5.《ネタバレ》 映画史上最も異様な作品。そのまま解釈すれば精神病に対する偏見の作品てことになるけど、後半の異様な熱気がそんなものでないことを示す。「時代の不安」の映画であることは間違いないが、そう簡単に言い切っちゃっていいのかい、とフィルムのほうがこちらを値踏みしてくるような落ち着かなさを感じる。子どもたちの未来を奪っていく黒い影、その性的変質が政治的変質と一つのかたまりになってスクリーンから押し出してくる。犯人が少女を見てムラムラッとなるところや、「裁判」での弁明に時間を割いて丁寧にやっているのも、単なるスリラーでない証拠だ。「心の中の悪魔が言うことをきかなかった」という犯人の弁明は、ドイツ人が十数年後に繰り返すことになる。小悪党によって変質者が裁かれ、いざ刑の執行になると、目に見えぬ官憲に踏み込まれる、という話に何らかの隠喩があるのかも知れないが、カフカに通じるような、異様さを異様なまま納得させるリアリティがあって、そっちのほうが急ごしらえの解釈など吹っ飛ばしてしまう。弁護士がさかんに「犯意のない犯行は無実ではないか」と主張するのも、これからファシズムを支えていく民衆の弁護になっており、誰かを裁くだけで済む問題ではないぞ、とドイツの未来に対して、さらには世界の歴史に対して先取りして発言しているよう。無数の解釈の可能性に覆われた、まるでカサブタだけで本体の見えぬ怪物に出会ってしまった気分にさせられる作品だ。ちなみに本作のP・ローレ、『サイコ』のA・パーキンス、『コレクター』のT・スタンプが、私にとっての愛すべき三大変態(別格扱いの『ソドムの市』の四人組とで「変態七福神」とも呼ぶ)。 【なんのかんの】さん [映画館(字幕)] 8点(2012-08-03 10:07:21) |
4.異常犯罪者による小児殺人の犯人探しの映画かと思ったらさにあらず。途中から魔女裁判さながらの意表を突いた展開には驚き。これはこれでかなり怖い。泣き喚きながら許しを乞う犯人の末路が哀れ。 【放浪紳士チャーリー】さん [ビデオ(字幕)] 8点(2004-03-14 16:52:09) |
【藤村】さん 8点(2004-03-07 17:10:59) |
2.本作のように、実在上の変質的な殺人鬼を主人公にした映画というのは珍しいのではないだろうか。そういった意味では、ずいぶん異色な恐怖映画だと思う。殺人鬼ピーター・キュルテンを演じたピーター・ローレの演技が秀逸かつ印象的で、とくに暗黒街の住民に裁かれる中、自己の異常心理を告白するシーンには鬼気迫るものがあった。その他にも、少女に声をかけたり、ビル内で逃げ回る等、緊迫する場面が数多く脳裡に焼き付いている。それだけ記憶に残るということは、犯罪恐怖映画として優れており古典となるべく作品なんでしょう。 【光りやまねこ】さん 8点(2003-06-22 20:12:39) |
【出木松博士】さん 8点(2001-01-15 19:27:22) |