1.《ネタバレ》 並みの演出家なら、過去のフラッシュバックをジャンジャン繰り出すのだろう。その類は一切やらないところはさすが。
小松宅のシーンで、浅野忠信が「怖い夢だった。」と過去形の語りを始めるとカメラがゆっくりと彼の顔に寄っていく。
ほとんど回想突入のパターンなのだが、カメラは彼の背後にあるドアの曇りガラスに映る影のほうに対象を移す。
あくまで現在進行形でドラマを語る。これもまた監督にとっては倫理感みたいなものなのだろう。
これ見よがしでない実演奏の提示、三人のレイアウト、ショットの持続と照明が見事に決まったピアノシーンが美しい。
そして風があり、滝があり、カーテンの揺れがあり、森の霧がある。
直近の侯孝賢と比較してしまうのは酷だろうけれど、あの山を立ち登る濃霧を見せられた後でこの申し訳程度の霧はどうしても見劣りしてしまう。
『リアル』であれだけの霧をやっているのだから。
ドラマの性質ということもあろうが、カレンダーで年月を提示しつつも携帯電話を一切出さず、それでいて違和感をまるで感じさせないのも流石。
山麓のシークエンスでは、深津絵里はモンペ姿。ラジカセや時計印マッチや小学校のレトロ感がなんともいい味を出している。
そして監督がメロドラマと語るだけあって、ラストの浜辺で響く波音の演出が素晴らしい。