16.《ネタバレ》 静かだけどすごい映画だ。ついつい2回連続で見てしまった。
ユトランド。海と草原しか無い寂しい土地。常に灰色の雲の掛かった重たい空。そこで育つ美しい姉妹。高貴な士官との恋愛や、パリの大舞台の歌姫を夢見ることもあっただろうけど、人生を謳歌すること無くただ年老いていく。姉妹も村人も、まるで生まれた時から死ぬ準備をしてきたような敬けんな信者だ。干したヒラメと乾いたパンを、水に浸して戻して煮るだけの質素な食事。この質素な食事が、まるで彼らの味気ない人生のように見える。
そんな村人も、普通の人らしく浮気をしたり人を騙したりもしていたようだ。年老いて人生の幕引きを間近に控えて、お互いにいがみ合う。質素で敬けんな彼らの歩んだ人生は正しかったんだろうか?
野心のまますべての夢を叶え将軍にまでなったローレンスは、人生に虚しさを感じていた。かつて喝采を浴びた歌手パパンは世間から忘れられ、寂しい老後を過ごしている。フランス随一のレストランの料理長だったバベットは、革命で夫と子を失い辺境のユトランドに流れ着いた。華々しく夢を実現してきた彼らの人生の末路。自分の選んだ人生、その選択は正しかったのか?
宝くじはバベットにとって、フランスとの唯一の繋がりである。一晩の晩餐会にその全額を投じたバベット。
村人にとって生涯たった一度であろう豪華な料理が、彼らの心を開かせ、過去の罪を許しあい、輪になって神への感謝の歌を歌う。
かつて無言で村を立ち去ったローレンスは、あれからおよそ50年ののち、マーチーネに告白する。その気持ちを受け入れるマーチーネ。
ヨボヨボだったレーヴェンイェルム婦人が最後、杖も使わず背筋を伸ばし、馬車に飛び乗る。
ローレンスのスピーチ、神の恵みに条件など無い。選択したものは手に入った。拒否したものさえ与えられた。
デザートのいちじくを手掴みで頬張る村人も、丁寧にナイフで切って口にする将軍も、口に広がる味は同じ。どちらの人生も正解だ。
自分で選んだ人生なら、どんな人生にも間違いはない。
タイトルの晩餐会、-Gæstebud=Feast-は“入念に準備したごちそう”だそうな。その晩餐会にバベットは顔を出さない。
この映画のタイトルは、料理を食べることではなく、創ることを表しているんだろう。料理は目で見て味わう芸術を作ることであり、人生も芸術。
神のもとに逝くのが人生の集大成=テーブルに出されるごちそうだとしたら、この長い人生はキッチン=入念な準備と丁寧な調理なのかもしれない。
キッチンで格闘して、料理という芸術作品を作り出す姿こそが、バベットの人生そのものなんだろう。