3.《ネタバレ》 「あの血に汚れたシャツを見ろ。いいか、前の兄が流したあの赤い血が乾くとき、弟であるお前が兄の名誉を守るために復讐を果たすのだ」――。1910年、古くからの因習と旧態依然とした家父長制に囚われたブラジルのとある田舎町。貧しいサトウキビ農家の次男トーニォは、隣家の男に兄を殺されるという哀しい過去を抱えながらも必死に生きていた。何よりも名誉と外聞を重んじる彼の父親は、トーニォに殺した張本人である男に復讐を果たすように命じる。言われるがまま、男を殺すトーニォ。だが、殺された男の家族もまた彼に復讐を誓うのだった。幼い弟も抱え、生活のために同じところをぐるぐる廻り続けるような日々と、そんなふって湧いたような暴力の連鎖に心底嫌気が差していたトーニォは、ある日、全国を転々と移動興行しながら悠々自適の生活を送る美しい女芸人クララと出逢う。閉塞感の最果てを生きるような自分の人生から、何もかも捨てて逃げ出したい。トーニォは、いつしか彼女に惹かれてゆき、自分も一緒に旅立ちたいと願うようになるのだが……。監督は、南米映画界の俊英ウォルター・サレス。その後、若き日のチェ・ゲバラの南米各国を巡るバイク旅を乾いた映像と繊細な音楽とで瑞々しく描いた青春ロード・ムービーの佳品「モーターサイクル・ダイアリーズ」を撮ることになる彼の出世作は、南米版「ギルバート・グレイプ」と言った趣きの鬱屈した青春ドラマでありました。もう、見ているだけでこちらも全身から汗が噴き出しそうになる暖色系の乾いた映像で描かれた、この家族という牢獄から必死に抜け出そうともがく青年のドラマはなかなか見応えありましたね~。この監督の、社会の不条理に怒りを燃やす若者の心情を南米のからりと乾いた映像の中に繊細に描き出す手腕は、もうこのころから確立してたんですね。特に、トーニォとクララが次第に惹かれあってゆく初々しい恋愛描写は美しい音楽の力も相俟って出色の出来でした。そして一転して訪れるラストの悲劇……。家族とは人を縛り付ける牢獄にすぎないのではないか?ときに家族という社会的システムは弱き者の犠牲の上に成り立っているのではないか?そんな答えのない疑問を抱きながら、それでも人は家族を作る。そう、今より少しでも幸せになるために……。人間の生きることの悲しみと切なさを冷徹に見つめながらも、最後、広い大海原へと歩き出すトーニォの姿に、そんな苦しみを乗り越えうる微かな希望を見出したような気がします。マイナーながら、なかなかの良品でありました。