1.《ネタバレ》 アメリカにはミーガン法という法律がある。この法律によって住民は性犯罪歴のある人間の情報を簡単に手に入れることができる。極端なことをいえば、元性犯罪者は「わたしは性犯罪で逮捕されたことがあります」というプラカードを首にぶらさげてずっと生きていかなくてはいけない。これは性犯罪者の再犯率の高さを憂慮して作られた法律であり、住民は危険な人間がそばにいることを事前に知る権利があるというわけです。従ってこの映画は「元性犯罪者」は必ず性犯罪を繰り返すという前提がある。それは事実かもしれないし違うかもしれない。今回のリチャードギアは殴る、蹴る、怒鳴る、相棒の女に銃をつきつける、もうやりたい邦題です。「その男、凶暴につき」のタケシのようでした。彼の仕事は出所した元性犯罪者を監視する保護観察官です。これでも正義の味方なのです。アメリカでは2分のあいだに1人が必ず性犯罪の犠牲者になっているという。しかしこれは露見された性犯罪の人数であり、未遂や表に出ない性犯罪はもっと多いはずだ。性犯罪者の数が圧倒的に多いので、保護監察官はたった1人で1000人の元性犯罪者の監視をしなくてはいけない。これがアメリカの現状です。リチャードは神経をすり減らし、しだいにダークサイドに落ちていく。犯人は誰なのか?という謎解きの要素よりも、リチャードが最後にどうなるのか?ということに重点が置かれている。メーガン法は日本人の感覚からいえば少し厳しすぎる。この法律だと必ず集団ヒステリーが発生します。しかしアメリカ人の宗教観というのがミーガン法をつくらせたのだと思う。人は罪があるから神から罰を受ける。どんな大人にも必ず罪はある。しかし罪のない子供が罰(性的虐待)を受けているという事実がある。この事実だけはアメリカは到底受け入れられない。つまり神がいないということを認めてしまうことになるからです。沈黙を続ける神にふりまわされ、くたくたになってしまった主人公の保護監察官はアメリカそのもの。アメリカの病み具合を1人の香港人監督が巧く表現していたように思います。