1.《ネタバレ》 デザイナーのトム・フォードのことはそれほど好きではなかったが、本作のデキは素晴らしいと言わざるを得ない。全体的に高い“美意識”に支えられており、彼が描こうとしたヴィジョンも明確であり、才能の高さをひけらかす様な嫌らしさも微塵も感じさせない。単なる道楽ではなくて、彼がGUCCI、イヴ・サンローランを捨ててまで、映画の監督にこだわった理由というものがきちんと見えた気がした。
最愛の恋人を亡くし、自殺を決意した男の、いつもと変わらないようで何かが変わっている一日を通して、彼の『過去』『現在』『未来』を浮き彫りにしている。
『人生』『孤独』『恐怖』『希望』といった哲学的な要素を交えながら、前向きに生きることができるような一筋のまばゆい光が感じられる。
どんよりとした曇り空が晴れるような感覚、海の中で呼吸ができないでもがいている中で陸地に辿り着いたような感覚を味わえる。
ラストの展開は結果的には同じかもしれないが、明確な違いを打ち出している。
大切なことは“結果”ではなくて、“気持ち”の問題であろう。
孤独から逃げた果てではなくて、最愛の恋人に迎えられるというハッピーエンドと捉えることもできる。
彼の専門分野のファッションについてももちろん輝いている。
しかも、映画の本質とは無関係に輝いているのではなくて、映画を盛り立てるための道具としてしっかりと輝いている点が素晴らしい。
登場人物のキャラクターの性格や生き様をファッションなどのライフスタイルという形を通して代弁しており、デザイナーならではの感性が活かされている。
『ウィンザーノットで』と指示を書き加えるシーンには、主人公がイギリス人であるという誇りが込められているだろう。
また、トム・フォード自身ゲイであることは有名であり、本作もゲイを扱った映画である。ゲイに対する差別や偏見などを直接描いた部分がないにも関わらず、ゲイに対する差別や偏見なども本作を見ることで緩和していくような気がした。
彼らも我々と何一つ変わることのない普通の人間であり、普通に誰かを愛する人間であるということが描かれている。
声高々にストレートに主張してうっとうしいと思わせることなく、自分のメッセージを相手の心に伝えているということも評価できる部分だ。
男同士のラブシーンもあるが、嫌らしさなどは全くなく、トム・フォードのセンスの高さが垣間見られる。